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第四章 あれ?ここはどこだ?そうか病室だったな。もう朝か寝ちまったようだ。今日が土曜日でよかった。 時計は午前9時を指していた。 周りを見渡すとハルヒがベットで横になり眠っていて朝比奈さんも俺と似たような体制で眠っていた。 古泉と長門はどうしたんだ?俺の記憶が正しければ病院に駆けつけいたはずだ。 探そうか迷っていると古泉と長門が病室に戻ってきて病室を出てどうやら医者と話してきたらしく話がある俺と言ってきた。 「とうとうこの時が来てしまったようです。涼宮ハルヒの能力が今にも消えようとしているのです。」 「おいおい仮にも神なのに力が消えるなんてことありえるのか?」と返す俺。 「いえ、涼宮さんは神などではありません。気づいてはいましたがそれで納得してしまうと僕も行動できなくなるのでね。 このような事態になってはそんなことはもはやどうでもいいです。 涼宮さんの強い思いが神にも匹敵する力を手に入れたのです。今にもその力が消えようとしている。意味がわかりますか?」 「世界が狂わなくて済むんじゃないか?」と返してみる。 「ええ、確かにそういうことになりますが我々はとても大切で大きなものを失うことになります。それでもいいのですか?」 「まさか、お前ハルヒの能力が消えたら死ぬとか言い出すんじゃないだろうな?」 「そのまさかなのですよ。『何故そんなことがいえる?』なんて聞かないで下さいよ。わかってしまうのだから仕方ありません。 あなたも気づいていたでしょう?最近涼宮さんに変化があった。普通に考えてあのような能力をもってしまった人間…体への負担は想像を絶するレベルだと思います。 最近涼宮さんの精神面で弱気になっているのはわかっていたのですが、僕が感じていた違和感は肉体の弱化です。これに気づくべきでした。 長門さんから聞きました恐らくジョンスミスに会いたいと言う願いを実現させた瞬間に体に限界が来てしまったようです。現状涼宮さんの能力だけを消す方法は見付かっていません。このままでは1週間と持たないでしょう。ですが1つだけ方法があります。それは…」 「ハルヒに今までのこと、その能力について話す…か?」俺は割って入った。 「そうです、ですがこれは危険です、場合によっては涼宮さんの力が暴走し取り返しのつかないことになります。」 わかっている。それはわかっているが、それしか方法は無いんだろ?どうなろうがハルヒの責任さ。 「そういうと思ってました、涼宮さんに話す役は買って出てくれますね?」 「俺がやるしかないな、俺はハルヒにとっての鍵であり、SOS団その1なんだろ?」そう言って俺はハルヒのいる病室に戻った。 俺は朝比奈さんと長門に病室を出てもらい糞まじめな顔でハルヒにこう言った。 「ハルヒ、とてもまじめで真剣な話があるんだ。聞いてくれ。これはSOS団員全員の正体に関わる重要な話だ。」 「何?しんどいんだから手短に話しなさいよ?どうせあんたのことだからくだらない話なんでしょうけど。」そういいハルヒは体を起こした。 「実は長門と朝倉は宇宙人に作られた人造人間で…」 「はあ?有希のことは一年ぐらい前に聞いたけど朝倉もそうなったの?」そう皮肉そうにハルヒが割って入った。 俺は無視し続けた。 「そして朝倉はある理由から俺を殺そうとした理由はある人間に刺激を与えるため、そして俺は長門に助けてもらったんだ。そして長門は朝倉を消滅させ、カナダに転校という事にした。 それでこの前の雪山で不思議なことがあったろ?あれは集団催眠なんかじゃない、長門によれば敵宇宙人の攻撃だそうだ。あの時も長門のおかげで何とかなった。 朝比奈さんの正体は未来人だ。朝比奈さんはある人物に過去に一定以上の過去に行く道を閉ざされてしまい過去に戻る方法を見つけに過去に来たらしい。過去にいろいろとグレードアップした朝比奈さんに俺は何度か会ったからな、間違いないグレードアップした朝比奈さんは何度も俺にヒントをくれ助けてくれた。 違う未来人に未来を書き換えられそうにもなったがグレードアップした朝比奈さんのおかげで何とかなった。俺が一度お前に『朝比奈さんが誘拐された。』って電話掛けたことがあったろ?あの時誘拐されたのは実はその一週間後から来た朝比奈さんなんだ。気が動転して何も知らないお前に電話してしまった。反省してるよ。」 ハルヒはこの辺であきれたように黙りこくったがやはり無視し続けた。 「そして古泉、こいつは実は超能力者なんだ。こいつは仲間とある人間が不機嫌になると現れる閉鎖された空間で青い巨人といつも戦ってる。こいつのバックには機関と言う組織がある、実は夏休みでの孤島やら雪山でのやらせ殺人事件のときの荒川さんや森さん田丸さん兄弟、全部その機関の人間なんだ。俺たちのために裏でいろいろしてくれているらしい。」 青い巨人と言うところで一瞬ハルヒが反応したかのように見えたが興味はなさそうで、こう俺に質問した。 「どうしてあんたの周りにはそんなに不思議な人間がいるのかしら?そんなこといって私が喜ぶとでも思う?それにあんたと私には何も無いの?聞くだけなら聞いてやってもいいわよ。」 と言うことなので教えてやることにする。 「実はな、お前の隠された正体のほうがおもしろいぞ?ハルヒ、ある人物ってのはお前なんだ、実はお前には願望を実現する能力があるんだ。思い当たる節があるだろう?そしてその能力のせいでお前の体は蝕まれているんだ。」 もはやハルヒはもはや聞く耳も持っていないようだったが俺は続けた。 「そして俺の正体だ、これが一番おもしろいぞ?実はな俺の正体はジョ…」 そのときだ。急に窓ガラスが割れているはずの無い人間…いや人造人間が飛び込んできて一目散に俺の脇腹を刺した。 一瞬の出来事だった。 「な………に………?………」 目が霞む瞬間ドアを開け急いで入ってくる長門、古泉、朝比奈さんと呆然としているハルヒの顔が見えた。意識が朦朧としていく… 「あなたが何故ここにいる?」と長門が怒ったような口調でいい俺の脇腹に手を当て怪我の治療をしてくれる。 放心状態で見ているハルヒ。 馬鹿にするように「なんであなたにそんなこと言わなきゃならないの?私の目的はあなたとそこの人間…もう死体かしらね。」 朝倉がその言葉を発した瞬間だった。 病院から見える青い空が急にどっかの龍を出したときのように真っ暗になった、その成果も知れんが一瞬外の雰囲気そのものも変わったようにも見えた。 そして例の巨人が暴れだす…しかも窓から見えるだけで50体は見える。これが世界中で怒っていると言うのだから恐らく大量に血を流し今にも死にそうな俺を前にしたからだろう。 古泉が言った。「これはまずい、世界規模で閉鎖空間が発生してしまったようです。このままでは非常にまずい…涼宮さんの前で…いやそんなことを言っている場合ではない。急いで行かなくては。キョン君後は頼みます。」 それから例の赤玉になり新人と戦うため飛んで言った。 ハルヒの前なのにナイフ持ってニヤニヤしている朝倉、そして病院内の閉鎖空間化… しかしハルヒは夢でも見ているかのような顔をしている。朝比奈さんは気絶したようだ。 長門のおかげで何とか回復できた俺は朝倉に聞いた。 「どうしてお前がここにいるんだ!?」と。 朝倉は待っていましたと言うよな顔でこう返した「敵の情報生命体がいるのには気づいているでしょう?、情報統制思念体って言うの。その情報統制念体って言うのが私のバックアップを作っていたの。そして作り直してもらったの。前の私が偉くお世話になったようね。きっちりお礼をさせてもらうわ。」 そして朝倉は長門に襲い掛かった、長門はなんなく避けた。それを戦闘の開始のように二人が先頭を開始した。長門はうまいこと朝倉をドアの付近に誘い朝倉をふっとばし病室から出しことに成功した。 俺は思った。またこいつらが戦いを始めるのか…としかしここは朝倉の情報制御空間とやらではないとは言え俺とハルヒを守りながらとなると勝ち目はあるのだろうか。古泉も。 9回裏にツーアウト満塁であと3点で逆転勝利できるのに4番のバッターが怪我したってぐらいまずい。 これからいったいどうなっちまうんだ全く、やれやれ。 第五章
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第四章 これが、ハルヒの夢。 俺の目の前には、360°不毛の大地が広がっている。 上には、全てを焼き尽くすような太陽。あいつの夢にしては、何と殺風景なのだろうか。 そういえば、長門は、「夢の中は、涼宮ハルヒの思念を反映し易い状況である。」とか言ってたな。 つまり、ここではハルヒの願い事は、ほぼ全て叶うという事だ。 この灼熱の空間もあいつが生み出したのか?閉鎖空間よりタチが悪い。 神人は出ないだろうが、長門とは違う、ハルヒの想像通りの宇宙人が出てもおかしくはないな。 ウダウダ考えても仕方ないので、俺は歩き出す。とりあえず、ハルヒを探さねば……… だが、何処へ行けば良いのか分からない。目的のハルヒの位置も分からなければ、入口も出口も無い。 周りは全て同じような光景。 あてもなく、しばらく歩く。 「暑い、暑すぎる。」 独り言が勝手に出てくる俺は末期なのだろう。ほら、蜃気楼で周りが歪んで見える。 おや、そろそろ、お迎えが来たようだ。上から天使が降ってくる。 テ●ドンもびっくりのもの凄いスピードで。 ………降ってくる? 「どいてどいてー!!」 そんな事言われても、避けれる訳が無い。 「ぎゃっ!!」 痛ってーなこの野郎。 「ひっ!?キョン?」 やっと会えた。 「よぉ、ハルヒ。」 「ち、近づくなー!!」 ハルヒはふらふらと逃げ出す。 「待てよ!!」 俺は力を振り絞って、ハルヒにタックルをする。 「う゛うぅぅぅ。」 ハルヒは地面に顔をぶつけたようで、かなり痛がってた。 「悪い。大丈夫か?」 「大丈夫な訳無いでしょ!!バカキョン!!」 逃げ出すお前が悪い。 「だって、それは…」 それは何だ? 「あたしがあんたを殺そうとしたから。」 バツが悪そうに、ハルヒはポツリと漏らす。 「ごめん。」 「全く持ってお前らしくない言葉だな。」 「本当にごめん。」 「ごめんは禁止だ。」 「何であたしがあんたに従わないといけないのよ。」 申し訳ないと思うなら黙ってて欲しい。 「分かったわよ!!ところで、ここ何処?あたしがどうしてこんな場所にいるの?」 「夢だよ。夢。」 まさか、長門が俺とハルヒの脳内をリンクした事を俺が説明出来る訳ない。 「ふーん。だったら現実世界は大変なのね。夢が覚めたら、殺人未遂で豚箱入りか………全て失っちゃった。」 「大丈夫だ。多分、俺もお前も無事だ。」 「でも、明日からあんたに会うの辛いわ。」 「俺は何にも思っちゃいないよ。」 「嘘よ。嘘でしょ!!」 激しい口調でハルヒは続けて言う。 「また、あたしに殺されかけたらどうするの? もう、嫌だよ………こんな辛いの。」 ハルヒの瞳は潤んでいた。泣いているのだろうか。 「な、泣いてない!!」 指摘した途端、上着の袖で顔を拭う。やっぱり、泣いているな? 「煩い!!」 分かった。分かったから落ち着け。 「じゃあ、腕貸せ。」 ハルヒは俺の腕を勝手に使い、枕にしやがった。 「少し、休む。」 下が凸凹な地面なだけに、少し痛い。 「少し、落ち着いてきたかな。」 それは、よう御座いました。 「少し冷静になって考えたの。」 「何を?」 「何にせよ、これ以上キョンに迷惑を掛けたくないの。」 今まで、数々の悪行を重ねた奴が何を言う。 「だからさ………」 「あぁ。」 「あたし、死ぬわ。」 「は!?」 その時の俺は相当マヌケ面だったらしい。 ハルヒは急に吹き出した。 あくまで、表面上。目は笑っていない。なんか腹が立った。 おい、ハルヒ。 「ん?何、キョ…」 ハルヒが言葉を詰まらせたのは、俺がこいつの胸倉を掴んだからだ。 「何言っているのか分かっているのか?」 「……当たり前よ。」 「それで誰が喜ぶ?」 「………」 「お前が死んじまったら、何にもなんねぇだろ!!」 「で、でも……」 「俺達には、お前が必要なんだ。」 そうだろう?朝比奈さんや長門、阪中や谷口と国木田のアホコンビとか、鶴屋さんに森さんや新川さん。 その中に古泉も入れてやっても良い。 みんながお前を必要としてるんだ。 そして……… 「今現在、俺はお前が心から愛おしい。」 俺はハルヒを抱いた。力強く、精一杯抱いた。 ハルヒの顔は、見えない。いや、見れなかった。恥ずかし過ぎる。こんなこと。 「やっと、あたしの気持ちに気付いてくれたのね。」 「……カマかけやがったな?」 「バレたか。でも、こうしてあんたを急かさないと、いつまで経っても中途半端なままよ。どうせ夢だし。」 恥ずかしい。 「嬉しい。本当に。」 ハルヒの手が俺の首にかかる。 「ねぇ気付いてた?あたし、あんたに沢山アプローチかけてたの。」 「知らないな。」 「………バカ。」 ハルヒは少し膨れた。その顔も可愛いぞ。 「変な褒め言葉ね。」 変で悪いな。 「あたしね…」 何だ? 「キョンが好き、でも、あんたはいつも振り向いてくれなかった。」 そんなつもりは無かったのだが。 「恋心が憎悪に変わっちゃったのよ。だから、あんなことした。多分。 苦しかったわ。毎日が地獄だった。やっぱり、恋の病は重い精神病ね。」 これがハルヒなりの解釈なのだろう。 こいつは、呪いのナイフの事なんか覚えていないのだ。 それはあくまで、表面上だけだが。 「夢なら覚めないで欲しいな。」 「大丈夫、俺が覚えてるさ。」 「本当?」 「本当だ。お前が願うなら、何でも出来る。」 「信じるからね。」 …………!? 「ハルヒ。」 「ん、何?」 「疲れたろ。」 「まあね、精神的にボロボロって感じよ。」 「お前はよく頑張ったよ。 幾日も悪魔の囁きに耐え、自分の感情をよく抑えられたもんだ。」 「でも、結局負けちゃった。」 「十分さ。だがこれで、お前の重荷も晴れた。だから、今は少し休め。」 「あんたは?」 「俺か?俺はまだ役目があるみたいだ。」 「……大変なのね。」 これが大変で済むのなら、まだ楽な方だ。 「少しだけ、行ってくる。」 「待って!!」 何だ?急にハルヒが呼び止める。 「もし、あんたがこの夢を覚えてたら、あたしに言って欲しい言葉があるの。」 プロポーズの言葉か? あまり、恥ずかしいのは言いたくないぞ。 「似たような物よ。」 そう言いながら、ハルヒは俺に、 ある『愛言葉』を耳打ちをして、送り出した。 「行ってらっしゃい!!」 「ああ、またな。」 「あんたが無事で帰って来るって、ずっと信じるから。」 しばらく歩く。 さて、この位離れれば良いか。 なあ、朝倉さん。 「よく気付いたわね。わたしがいる事に。」 「よく考えれば、出来過ぎた話だよ。」 ハルヒの創造力が、ここまで忠実に具現化する事は、今までに無かった。 ましてや、人々を殺人に巻き込んだなんておかしすぎる。 考えられるのは一つ。 俺の存在を危険視した者がハルヒを洗脳し、殺害を企てた。 それが、お前ら情報統合思念体の急進派だった。 朝倉は表情ひとつ変えずに微笑んでいる。 「そこまで、思索出来のは上出来ね。 だけど、あなたはまだ、この話の真実を知らないみたい。」 真実? 「そう、真実。」 知りたい。ちょっと怖いけど。 「それが、あなたにとって、破滅的な答えだとしても?」 そんなに俺に都合の悪い答えなのか? 「………あら?あと40分位でこの夢が消えちゃうわよ。」 何だと!?長門は? 「ここ」 「僕もいますよ。」 「長門!!どういう事だ?」 「僕はスルーですか。」 「朝倉涼子から、あなたを助ける為、古泉一樹と来た。 だから、涼宮ハルヒを抑える役が居なくなっただけ。」 「キョン君。どういう事か解ったわね。」 「知らん。」 「とりあえず、あなただけは逃げて下さい。」 「掴まって。」 古泉、お前は? 「一人で戦います。」 大丈夫なのか? 「勿論、長門さんがあなたを送ってここに帰って来るまでです。 安心して下さい。それ位は持ちこたえますよ。 ここは涼宮さんの夢。閉鎖空間に似て非なる物です。」 「させない。」 一瞬で周りが宇宙空間の様に変わった。 「わたしの情報制御下に入ったわ。つまり、わたしを倒さないと、逃げれないよ。」 「…まずいですね。僕の力が出せません。」 「わたしがやる。あなたは彼を守って。」 「分かりました。」 俺は? 「黙ってて。」 冷徹な表情でそう言い捨て、長門は宙に浮いた。 朝倉も一緒に浮く。 「さぁ、始めましょう。」 朝倉が言い終わる前に、長門の手から、紫色の放射物が無数に出てきた。 朝倉も掌から青いビームのようなものが沢山出た。 2つは打ち消し合う。 同時に両者が接近し、肉弾戦を繰り広げる。 長門の手刀が朝倉の脇腹に入り、朝倉の裏拳が長門の顔面にヒットする。 怯んだ長門に、朝倉は容赦なく追い討ちをかけ、最後に腹部に決まった蹴りで、吹っ飛ぶ。 「長門!!」 「…………大丈夫。」 長門は何か唱え、朝倉の横の空間が歪む。 歪みの中から、コンクリートの塊みたいな物が、朝倉を殴打する。 「チッ」 また長門は何かを唱えた。 すると、空間が歪む。 気付くとそこは、見慣れた場所だった。 「ここは?」 駅前。 ただし、空は灰色だった。 「閉鎖空間に極力似せた空間を造った。これであなたの力も出せる。」 「感謝しますよ。長門さん。」 古泉は赤い玉を掌に浮かべた。 「いけますよ。いつもの倍の力が出せそうです。」 古泉は赤い玉に変わり、朝倉に近づいた。 「………危ない。」 古泉の周りが爆発した。 「ふぅ…間一髪でしたよ。」 古泉はバリアに包まれていた。多分、長門のおかげだろう。 「流石に2対1は辛いわね。少々本気を出そうかな。 緊急コード230………アクセス……涼宮ハルヒ………ダウンロード開始」 「今のうちに!!」 長門と古泉は突撃を仕掛ける。 大きな赤い玉と紫色の光線が朝倉を襲う。 朝倉は赤い玉を避け、紫色の光線を足蹴でかき消した。 赤い玉は急旋回し、再び朝倉を襲う。 「ダウンロード完了。」 瞬時に古泉が吹き飛ばされる。 「グッ!!」 何があった? 「………解りません。」 「わたしは涼宮さんのデータを盗ったのよ。」 じゃあ、お前は世界を改変することも出来たりするのか? 「そこまでは収集出来なかった。メモリ不足ってやつよ。だけど、あなた達に勝つ能力を身に付けたわ。」 何を言っている。お前は、ハルヒより強いだろ?あいつから学ぶ必要性はあるのか? 「勝負を決める要素は、スピード・感・経験の三つ。 だけど、わたしはこの三つが……特に、感と経験が不足してるの。 わたし達インターフェースは、元々戦闘目的で作られた訳ではなく、あくまで監視目的。 スピードはあるけども、戦闘の経験なんて、プログラミングされていないの。 だから、わたしは涼宮さんから感と経験、つまり瞬発的な情報判断能力を貰ったの。」 「明らかに朝倉涼子は強くなった。わたしだけでは彼女には勝てない。」 マジか!? 「長門さん。僕の能力を使って下さい。 神人狩りで涼宮さんの行動パターンは、大体掴めます。」 その手があったか。 「分かった。」 「へぇ、それは厄介ね。一応、抵抗しようかな?」 「40.17秒程かかる。それまで持ちこたえて。緊急コード801startrun………」 長門は、素早く呪文を唱える。 「分かりました。」 「10秒かからないで倒せるわね。」 「ハッタリは、よしていただきたいものですね。」 「ハッタリかどうか、直ぐに分かるわ。」 そう言った瞬間、朝倉は消えた。 「どこへッ!?」 「後ろよ。」 !!! 「次はあなたの番」 「はやく……に……げて……下……さい」 「計画の為、ここで死んでもらうわ。」 朝倉は地面に手をつける。 すると、コンクリートの地面は豆腐のように削り取られる。 朝倉が削り取った塊は、だんだんと形を変える。 「見覚えあるでしょ?」 アーミーナイフをちらつかせ、朝倉はニヤリと笑う。 忘れる訳がない。それで俺は幾度と殺されかけたからな。 「それは、良かったわ。でも、サヨナラね。」 朝倉は、ナイフを投げた。 「ひぃっ!!」 なんとマヌケな声だろうか。谷口に聞かれたら、バカにされる。 そういや谷口、今どうしてるかな? 実際、そんな事考える余裕なんぞなかった。 尻餅をつき、なんとかナイフをかわす。 しかし朝倉は、俺の頭上で、拳を振り落とそうとしている。 「死になs……!?」 朝倉が吹っ飛んだ。 「ハア……ハア…………まだだッ!!」 古泉!? 「まだ生きてたの?先に殺しましょうか。」 朝倉の手が、槍の様になる。 「やめろ!!!」 俺は、朝倉に殴りかかるが、 「邪魔よ。」 朝倉の蹴りで、俺は近くの木に叩きつけられる。 背中と胸が凄く痛い。なんて様だ。カッコ悪いな……俺。 「その腕、邪魔ね。」 朝倉の槍になった手が伸びる。 「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」 「あはっ♪」 俺の位置からはよく見えないが、多分朝倉は、古泉の肩に槍を突き刺した。 古泉の耳をつんざく悲痛な叫び声。 思わず、目を背ける。 呼吸が荒くなる。 脈拍も早い。 苦しい。 恐い。 「次は長門さんね。」 「遅くなった。ごめんなさい。」 「さぁ、早くわたしを倒さないと、彼が死ぬわよ?」 「知ってる。」 2人は、激突した。俺も目で追うのに精一杯だ。 「お久しぶりです。」 「え?」 えらく上品なお嬢様がそこにいた。 第五章へ
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時は進んで翌日、土曜日の午前。 俺は今、いつもの不思議探索の際の集合場所である北口駅前で、ハルヒが訪れるのを待っている。 とまあ昨日の今日なので、もしやハルヒを待つ俺の心境は伝説の木の下で待ち合わせている女子のそれと同じなのではないかと思う者もいるかも知れない。 なので説明しておくが、俺は別に告白をするためにここにいるんじゃない。 俺がここでハルヒを待っているのはもちろんこれから不思議探索を行うからであり、そして自分に課せられた責務を果たすためだ。そう。俺は遂にポエムを完成させることが出来たので、それをハルヒに渡さなければならないというわけだ。これの完成までの経緯は、今から昨日のその後を話す予定なので、そこで説明しようと思う。 だから現時点で普段と違うことといえば、俺が待ち合わせに一番乗りしているくらいだろう。 と……ハルヒを含めSOS団のメンバーはまだやってきそうにないので、ここで昨日のあれからを振り返ってみることにしよう。 あの後、俺と古泉と長門は学校へと戻り、小さい方の朝比奈さんは『機関』と未来側との諸々の調整のために元々学校を休んでいたので、そのまま自らの仕事を全うするため公園にて別れることとなった。 そして俺達学校組は、放課後の文芸部室で大人の朝比奈さんと朝比奈みゆきを交えて異世界問題の解決策を講じていたのだが、ここを俺の言葉のみで語るのは少々難儀しそうなので、少しばかり回想して時を遡ってみることにする。 あれは授業が終わってすぐ、掃除当番のハルヒを除いた俺達が文芸部室へと集まったとき、そこには大人の朝比奈さんとみゆきが待っていて………… 「本題に入る前にお聞きしたいのですが」 古泉は朝比奈さん(大)に真面目含有率八十パーセントの微笑を向けると、 「……正直、今日のあなたと『機関』の動きには驚かされてばかりでしたよ。僕の関知せぬところでのTPDDの製造、そしてあなた方未来人との協力体制。組織内でこれほどの重大かつ主要な出来事が僕の与り知らぬ場所で展開されていたなど、機関で僕が占める立場からすればとても信じられません。これはどういうことなのですか?」 返事をちょうだいするように手の平を差し出す古泉。その手を一瞥もせずに大人の朝比奈さんは、 「それを語るのには時間が足りないけれど、そう遠くないうちに彼……藤原くんが、古泉くんの疑問を解消してくれるはずです。だからごめんなさい、それまで待っててね」 その返答に古泉はスッと手を引っ込めると、 「ええ、そうすることにしましょう。これは機関の人間に問いただせばある程度は判明し得えることだ。ですが、あなたの口から是非聞いておきたいこともあります。それは未来側から現代の僕達に、あの次元理論をもたらしたことについてね」 「……古泉、そういった理論に対する質問は後でいいんじゃないか」 特に俺がいない場所で行うことをオススメするぜ。っと古泉はほのかな笑いを作り、「そういうことではありません」と言った後で少し難渋な顔を浮かべると、 「……未来の次元理論では、次元とは性質の足し算によって形成されるものであるとされ、それらは『流れ』という概念によって説明されていましたね。これは確かに、次元の要素が『広がり』という概念によって捉えられ、『縦×横×高さ』……つまりXとYとZの掛け算によって立方体という三次元が形作られるという現在の理論と違っているように思われます。ですが、僕には未来の次元理論に対し疑い問う程の能力は備わっていません。僕が疑問を抱いているのは、未来から現代にその理論がもたらされた、というそのままの事柄についてです」 「その論法で行くと、未来から指示を受けることだってまずいんじゃないか?」 「いいえ、それとも違います。未来側から指示を受ける場合、こちらからは未来を予察できない様に考えられていますから。ですが……次元理論は違う。公理を分出することが出来、その真偽を明らかにしてしまう次元理論とは……いわば人類にとって善悪を知る樹そのものであり、それから知識をもぎ取ることは、まさに禁断の知恵の果実に手をかける行為に等しいと言えるでしょう。……我々にとって未来の次元理論は、知るに時期尚早なのではないでしょうか」 そう言い切るとピッと前髪を弾き、 「そして世界人仮説。次元に関する理論を、人間に関わるものへと置換して考察されているこの理論は実に興味深い。世界人仮説は、矛盾の存在するこの世界を上手く表していますから」 どういうことかと聞けば、 「まず人間の進化において、その身体の進化は原始生命から延々と受け継がれてきたアナログな流れだといえます。ですが、人間の精神……人の心においてはそうではありません。個人の人格、例えるなら僕の思想は、この世界上で新たに組み上げられた全く新しいものです。なので身体の進化とは違い、その過程で発生する人の心の繋がりは、0から1という現象が続くデジタルな流れだと考えることが出来ます」 「それがどうしたんだ?」 「このように人間の『心』には、偽とされる連続体仮説が当てはまるということですよ。そして世界人仮説が矛盾を認めた理論だというのは、まさに世界人仮説が提唱する新概念を表す言葉なのです」 と、古泉は右手の指を一本ずつ開きながら、 「例えば四則計算において、足し算のみならば何も問題は発生しません。1に2を足しても3ですし、2に1を足しても同じく3という答えです。ですが……引き算となるとそうともいかない。何故ならば、1から1、もしくは1から2を引いてしまった場合には自然数では答えを表現し得ませんからね。なので人は、そこで生まれた0やマイナスなどの新しい概念を記号で表すようにしたのです。掛け算と割り算にも同様の流れがあり、このように人間は、算数や数学が展開されていくにつれ様々な概念を発見してきました。そして次元理論とSTC理論によって生まれた世界人仮説は、矛盾を認めるという概念を論じていますね。……いえ、これは『互いを認め合う概念』と言い表したほうが適切でしょう。ですがそれは哲学的見地から表されている世界人仮説の姿で、数学的には……今まで人類にとって不変の法則であった、『イコール』の概念に切り込んだ理論だと言えるのではないかと僕は考えます。これは絶対的な神の摂理である『イコール』で結ぶことの出来ないもの同士が『矛盾』として否定されずに、『認め合う』という人間的な概念によって結びついているという物理法則に対する新たな考察になる。そうであるからこそ、世界には矛盾というものが存在出来るのかもしれませんね」 ……互いを認め合う、ね。なんだか長門と同じようなことを言ってるような気がするな。 「ええ。だって世界人仮説は……長門さんが構築した理論だから」 「は?」 大人の朝比奈さんから飛び出した言葉に疑問符を飛ばしていると、 「……次元理論の姿は『箱』で、STC理論の姿は『紙』だとするなら、世界人仮説の姿は何だと思います?」 「……只の勘なんですが、そりゃあ『人』なんじゃないですか?」 「あたりです」 と朝比奈さん(大)は微笑み、俺達に視線を配ると、 「世界人仮説は、全ての理論を統合した理論なの。世界の全てのモノが混ぜ合わされば、純粋な溶媒と溶質という二つのモノが生まれます。それらを一つの存在として考え、溶媒を『体』、溶質を『心』と置換して生み出される『人』の姿こそが……世界人仮説を総括する姿。それでね、世界人仮説の中での有形の次元理論は、無矛盾な物理法則からなる『人の体』。そして……無形のSTC理論は、時には矛盾を起こしてしまう『人の心』なの。次元理論とSTC理論は本来、お互いを矛盾として否定しあってしまうもの。だけど、それらがお互いを認め合うことによって、初めてわたし達の世界は作られていくんです。そして、そうやって異なる存在が繋がりあうことで『進化』という現象が形作られていく……と、世界人仮説では論じられています」 話を聞いて、沈黙する古泉。俺はそんな古泉を視界にいれながら、 「……よくわからないんですが、その理論を長門が構築したってのはどういうことなんですか?」 それは、と、大人の朝比奈さんが話し出そうとしたときだった。 「……この世界の歴史を成立させるためには、朝比奈みくるの時代まで情報創造能力を維持していかなければならないから」 「………?」 長門が横から言葉を出してきた。長門は続けて、 「また、歴史を知る者による世界の調整も不可欠。だから……誰かが情報創造能力の寄り代となり、この世界を見続けていくことが必要となる。それを実行する際、最も適切と思われるのは……わたし。そして、これから人と共に歩むわたしがその理論を構築していくのだろう」 「――なるほど。世界人仮説……解析するまでもなく、それは長門さんが構築した理論だったというわけですか。そして長門さんは、これから世界の維持と調整を担っていくことになる。となると、僕の機関の成すべきことは……。そして、未来人が僕達にあんな理論をもたらしたのは……つまり……」 何やら呟いている古泉はそれっきり思考の海にダイブしてしまったようで、あいつからこれ以上の質問は出ないようだった。 それはともかく……俺には、一つ気になったことがある。 先程の会話から察するに、長門は朝比奈さんの未来まで長い時間を過ごしていくってことだよな。それは長門が自分らしく――思念体に属したまま――ありのままを生きる道を選んだということによるのだろうが、それでも相当辛いことなんじゃなかろうか。感情を持つ……長門にとって。 そして俺は、中学生のハルヒの言葉を思い出す。 何でも叶っちまう能力ってのは、実はそれを持つ者の自由を奪ってしまうものなんだ。そして長門は、それに程近い能力を自覚的に持ってしまっている。だから…………、 「――長門、」 俺は大人の朝比奈さんから貰った金属棒を長門に差し出すと、 「これ、良くは知らないんだが……花言葉をこの金属棒に書き込むと、お前の能力を制御する髪飾りになるらしい。だからSOS団で不思議探検なんかをするときくらいは……その髪飾りをつけてさ、肩の荷を降ろして遊んだっていいんじゃないか?」 まさに気休め程度にしかならないが、俺が持っているよりは意味があることだろう。……これでいいんですよね? 朝比奈さん(大)。 長門はマジマジと金属棒を見つめ、交互に朝比奈みゆきを見やると、 「……取り扱いは、わたしに任せてもらっていい?」 いいとも。ぶん投げられたら流石にショックだが、それはもうもう長門のモノだからな。 そして俺は朝比奈さん(大)に視線を移し、 「ところで、異世界の問題はどうするんですか? 長門が何か知ってるって聞きましたが、長門、お前何か知ってるか?」 長門は目をパチクリさせると、 「……異世界の状態を打開するヒントは、喜緑江美里と涼宮ハルヒ、そしてわたしの小説の一ページ目によって既に示されている。それらを複合的に読み取って私達が成すべきことは、記憶を取り戻す『鍵』を異世界へと持ち込み、あちら側のわたし達に自ら問題の解決を促すこと」 言いながら長門は俺に前回の機関紙を渡し、俺がそれに目をやると、切り取られていた長門の小説がすっかり元通りになっているのが確認された。長門の小説を読んでいる俺に長門は、 「その小説の二ページと三ページは、わたしが世界を改変した後で生じたエラーデータを不完全ながら解析し、その結果を書き綴ったもの。そのデータの正体は、今回の出来事によって……もう一人のわたしの記憶だったことがわかった。そして一ページ目は、あの世界でのわたしが書いた小説の一部をサルベージしている。尚、これもあの世界のわたしがもう一人のわたしの影響を受けて作成されたものと思われる」 俺の頭の中で七人の長門が騒ぎ立て始めていると、 「つまり二ページ目と三ページ目は彼の小説を見ていた長門さんの記憶であり、一ページ目は、その長門さんから今の僕達に向けられたメッセージだったというわけですか。つまり異世界の問題を解決するためには、完成型TPDDによって閉鎖された異世界へと渡れるようになった朝比奈みゆきさんに『鍵』を送り届けてもらい、まずはあちらの長門さんの記憶を取り戻すことが必要ということですね」 ……よう分からんが、古泉の解説によってやるべきことは判明したみたいだな。 「ええ、流石にあなたも気付いたのではないですか? これから、あなたがやるべきことにね」 スマイル古泉に対し俺は全てを納得した顔を向け、確認するまでもないだろうが、俺の出した答えを伝えることにした。 「ああ。どうやら俺は『いばら姫』の話になぞって、閉ざされちまった異世界を開放するためにあっちに行かなきゃならんらしいな。だから俺が鍵なんだろ?」 ………………。 静寂が広がった。 「ん? どうしたんだみんな? 驚いた顔なんかして」 古泉も朝比奈さん(大)も、長門でさえも目を丸くして信じられないといった表情を浮かべている。 俺はなにか間違ったこと言ってしまったのかなと不安になっていると、 「そうではない」 間違っていたようだ。否定句を飛ばした長門の横から古泉が、 「……一つお尋ねします。あなたが涼宮さんと共に過ごしてきた時間には、実は普遍的なピュアラブコメディの側面があったことにお気づきですか?」 「何言ってる。それはお前が、俺達に内緒で密かにそんなのを繰り広げてたっていう話か? 世界存続のかかった野球大会だったり無限ループの夏休みが、一体どんな見方をしたらラブコメになるってんだ」 「説明しましょう」 古泉はどこか若干嬉しそうに、 「時系列的に順序立ててお話すれば、涼宮さんは、野球大会ではあなたの活躍を見たいと思い、あなたを四番にしましたね。そしてエンドレスエイトの無限ループはあなたの家で遊んだ後に開放されていて、それはつまり、涼宮さんはあなたの家で遊びたかったということを示しています。……そして前回の機関誌では過去のあなたの恋愛話を知りたいと願っており、つまりこれまでの涼宮さんの行動には……恋する少女特有の、複雑な心境が反映されていたのですよ。しかも涼宮さんの望みは、時を経るにつれて順調にあなたへと近づいてきている。そうやって考えてみたうえで、今回の異世界の創出では何を望んだのだと思いますか?」 …………沈黙する俺に、古泉はハッキリとした声調で、 「ズバリ、自分に対するあなたの『気持ち』を知りたかったのです。そして異世界は、これを涼宮さんが知ろうとした結果、情報創造能力のパラドックスに陥ってしまったがために生まれてしまったのだと考えられます」 「……それは佐々木も言っていたような気がするが、そのパラドックスというのはなんなんだ?」 「簡単なことですよ。告白する際、それを行う側としては、嘘偽りのないちゃんとした相手の本音を聞きたいものであると同時に、自分を拒否されたくはないとも願っている。いえ、むしろ受け入れてもらいたいという方向への考えが強いでしょうね。そこで自分が、己の願望が叶ってしまう能力を持っていたとしたらどうです? その者は、好きな人の本音を聞きたいがノーという返事は聞きたくないという願いによって、結果的に相手の本当の気持ちを知り得なくなってしまいます。好きな人と心から結ばれるためには、惚れ薬を飲ませて返事を貰うようなことでは自分が納得出来ませんからね」 「……つまり、ハルヒは俺の、あいつに対する気持ちを知りたいってことなのか?」 「恐らくはね。そしてそれこそが、今回の涼宮さんの願いだったというわけです」 今になってようやく僕も気付きましたよ、と自らを揶揄するように言って古泉は言葉を終えた。 そして……俺は考える。 「じゃあ、俺のやるべきことは……」 「あなたの気持ちを、涼宮ハルヒに伝えること。そしてその方法は、喜緑江美里が生徒会側からこちらに行動を促したことによって、涼宮ハルヒ自身が既に提示している。これを達成すればこちらの問題も解消され、異世界の問題を解消する『鍵』にもなり得る」 「…………」 ――どうやら俺は、幸せの青い鳥の居場所に気付いていなかったみたいだな。 答えはいつも、俺の胸の中にあったんだ。 「……これで全部繋がった気がするよ。ハルヒが俺達に自分の詩を書かせようとしていたこと、そして、これまでの一連の流れがな」 そうさ。俺は自分に課せられたポエムを完成させなけりゃならないんだ。 それは、他の奴らにやらされることじゃない。 俺が自主的に、そう望んでやることだ。 ハルヒはずっと待っていて、待たせていたのは俺であり、今だってあいつは俺を待っているんだ。 だから俺は、俺にとってハルヒってやつはどんな存在なのかってのをそろそろ伝えなきゃならない。だってさ………、 これ以上ハルヒを待たせちまったら、どんな罰ゲームが俺を待っているかわからないだろ? 「……そうか。じゃあ長門、今日は二人そろって遅くまで居残り決定だな」 やっと見えてきた目標に向かって頑張ろうと長門に求めると、 「わたしはしない」 と言われた。目が点になった。 「わたしの分はもう完成しているから。でも、あなたが付き合ってくれというのなら拒否はしない」 その台詞は別の機会に言って欲しいね。お前からそう言われて喜ばないやつなんかいやしないぜ。 「あ、先輩ひどいっ。早速浮気してちゃダメですよっ? 涼宮先輩に言っちゃいますからねっ」 ひどく恐ろしいことを朝比奈みゆきが言っている。すると古泉が、 「ふふ、まだ厳密には浮気だと決まったわけではありません。それに、例え彼の意思がなんであろうと涼宮さんは納得してくれるでしょう。彼女は強いようにみえて脆くもありますが、全てを認め受け入れることの出来る聡明さを備えている人ですから」 とか言いながら、あなたの答えは既に分かっていますよといった顔で俺を見てくる古泉。 「……長門。良かったら、お前の完成した詩を見せてくれないか?」 俺は古泉に対してなんの反応も出来なかったため、古泉の視線を無視することにして長門へと話しかけた。 そして俺は長門から渡された一枚の用紙に目を向ける。 ついぞ完成した長門の詩の内容は、これまたなんとも独創的で俺の理解が及ぶものではなかったのだが、それは以前の長門の小説を締めくくっているように感じられた。 ……あと、一つ言い忘れていたことがある。 これは俺が先程元通りになった機関誌を読んでいたときに気付いたのだが、長門の小説のページからは無題という文字が消え、三枚それぞれに、極短い単語ながらもちゃんと題が記されていた。ページ順にどう書いてあったのかを言えば、それは――――。 『雪、無音、窓辺にて。』 そして今回の長門の詩の題名は……。 何となく、長門が自分の意思で己の歩む道を決めたことの大きさと決心を物語っているような気がした――。 「…………」 と、回想はここまでで十分だろう。 そんなこんなで昨日、俺は自宅に帰ってからも夜遅くまでポエム制作に身を乗り出し、やっとの思いでポエムの完成にこぎつけたってわけさ。 ちなみに、俺は完成したポエムを読み返していない。 それはポエムが書きあがったのと同時に封筒に入れて机の中に仕舞い込んだためであり、なぜそんなことをしたのかといえば、これは深夜のラブレター作成理論に由来する。 恋という題目で俺が書いたポエムは、その、なんだ。はっきり言ってしまえば……今までの生活で、俺がハルヒのことをどう思っていたのかってな内容になってるんだ。 そんな恥ずかしいものを朝の俺が見てしまえばそれは世界の終わりを見るようなもので、顔を真っ赤にした俺が「さよなら世界!」と言いながら紙を破棄し、世界との運命を共にする方を選んでしまう恐れがあったからな。 ……あと、これは言わなくても良いことかもしれないが、俺のポエムは妹が持っていたパステルカラーの便箋に書かれており、封筒もそれにあわせた若干可愛らしいものとなっている。 どうしてそれを選んだのかといえば……まあ、なんとなくとしか言いようがないのだが。 「……あら、キョン。早いじゃない。珍しいこともあるもんだわ」 ――ハルヒがやってきた。 「……ああ、前に一回あったくらいだっけ。俺が一番乗りだったのは」 「たしか、あんたが妙なことを言いだしたときよね。有希やみくるちゃんが……」 「俺が何か言ったのか? まるっきり思い出せないんだが」 鮮明に、かつ明確に覚えている。 あのとき俺はハルヒにみんなの正体を語っていたんだ。 今思うとなんて迂闊だったんだろうと恐ろしい思いでいっぱいになるね。 「まあいいわ」 とハルヒは周囲を見回し、 「他のメンバーは? いつもこの時間には全員揃ってるはずだけど。なにか知ってる?」 「いや、俺も知らん。一体どうしたんだろうな」 と、これは本当だ。俺はいつもより早めに着いた方ではあるが、あいつらの姿は欠片も見かけなかった。何処かで待ち伏せしてるわけでもなさそうだ。 「ま。集合時間までにはもうちょっと余裕があるし、そのうちやってくるでしょ」 それより……、とハルヒは眉間にしわを作って、 「あんた、ちゃんと詩は書いてきたんでしょうね? 昨日の宣誓がちゃんと果たされているか、あたしが早速確認したげる。ほら、早く提出しなさいよね」 「そう急かすなよ。ちゃんと書いてきてるからさ。これでいいか?」 ほい、と俺は封筒を差し出す。ハルヒはそれを見ると、 「ふうん? やけに可愛らしいわね。レターセット? どうしたのよこれ?」 「妹から貰ったんだ。コピー用紙を持ち歩くのもなんだと思ってな。別にいいだろ?」 「いいけど、なんだかこれって……」 ――やっぱりなんでもない。と何やらはぐらかすハルヒ。 そして俺の手から手紙をひったくるのと変わらぬくらいに封筒を開き、中に収納されていた便箋に注視する。 「…………」 俺の書いたポエムを読むハルヒはどこまでも無表情だった。 やがて顔を上げると、 「……んー、見た目もそうだけど、中身もやっぱりラブレターっぽいわね」 「なんでだ?」 「だってそうじゃない。これが告白以外の何になるのか、逆にあたしが聞きたいくらいだわ」 ポエムの内容が……と言いながらハルヒは視線を手元の便箋に落とし、 「……あなたとの日常を振り返ってみたら、ようやく、あなたのことが好きだっていう自分の気持ちに気付きましたなんて……」 「……確か、宛名のないラブレターには何の意味もないんじゃなかったか?」 からかうような口調で答える俺に、ハルヒは納得出来ない自分を納得させるように、 「……そうね。まるで夜更けに書いたやつみたいに言葉を羅列しただけの支離滅裂な出来だけど、これはこれで恋のポエムって感じなのかな。でも……」 ハルヒは片手に便箋と封筒を持ち、ポエムの書かれている文面を俺に突きつけて、 「……これ、誰に言ってるの?」 「誰とはなんだ」 「う……」 ハルヒは少し怯んだ様子を見せた。 ――まあ、ハルヒが言いたいことはよく分かる。前回のミヨキチの小説と同様にこれは俺の実体験を元にしているであろうから、このポエムの登場人物にもモデルがいるのではないか? ということだろう。実際、それは間違いじゃないしな。だから、俺は………。 「ハルヒ?」 「な、なによ……」 「お前が手に持ってる封筒なんだが、ちゃんと見てみたらどうだ?」 「………?」 ――こういうときは、意外と相手の言葉の意味に気付かないものだ。 ハルヒは全くの受身で俺の言葉に従い、手に持っていた封筒をヒラリと裏返す。 そしてそこに書かれている文字に視線を落とし、しばらくそのまま押し黙っていた。 さて。 俺がそこに書いたのは、恐らくハルヒ自身が一番見慣れているものだ。 ハルヒは今、封筒の裏側に書かれているそれを見ながらどんなことを思っているのだろうね。 ――宛名の欄に記されている、自分の名前をさ。 「……キョン?」 「なんだ?」 ハルヒは視線をそのままに、小さく俺へと話掛けてきた。 ……そして、今まで自分が抱えていた不安を一気に押し出すかのように、ハルヒは語り出した。 「……あたしね、今まで、自分の存在っていうのはとてもちっぽけなものだって感じてた。自分が沢山の人間の中の一人に過ぎないんだっていうのを実感したとき、自分の世界がいかに普通かってことに気付いたあたしは、逆に世の中にはあたしの想像もつかないような面白い出来事を体験してるような特別な人がいるんじゃないかって考えたわ。……だからあたしは、宇宙人や未来人や超能力者なんかと友達になりたいってずっと思ってた」 ここで顔を上げ、俺をその大きな瞳で捉えると、 「けどね、SOS団のみんなと出会ってから、その考えは変わったの。実は最近、もしかしてあたしには特別な能力があるんじゃないかって思うようなことがあったんだけど、でも……それはあたしが望んでたことだったはずなのに、なんだか嬉しくなくて、むしろ不安になった。なんでそんな気持ちになったんだろうって考えたら、意外と早く答えは見つかったわ。あたしが特別な存在になる、それってね、今までの普通だったあたしを否定しちゃうことになるのよ。特別な存在なんかを求めることだって、今まで好きだった友達を否定しているのとなにも変わらない。――まあ、つまり何が言いたいのかって言えばね……」 ここまでを話し終えたハルヒからは憂鬱な感情が消え、そして、俺の目が眩んでしまいそうな程の微笑みをこちらに向けて――――、 「あたし……SOS団のみんなと、キョン。あなたに出会えて良かった」 ふんわりと作られた笑顔の端には一粒の涙が零れ出し、それはまるで、灰色の雲に覆われた空の後に訪れる晴々とした太陽のように眩しく、輝いていた。 ……俺がしばらく見とれるばかりであったとき、ハルヒは手で自分の目元を一回だけ拭うと、 「ちょっとキョン! ぼーっとしてるヒマなんてないんだからねっ! ほら、早く探しに行かなくちゃ!」 今まで以上に元気な声で言い放つと、ハルヒは踵を返してそそくさと歩き出してしまった。 「ちょっと待ってくれ」 この言葉でハルヒは進むのを止め、俺はその場に立ったまま、 「それって、宇宙人や未来人や……超能力者をか?」 手を伸ばしたまま質問する俺に、ハルヒは何を言ってるのよといった表情を浮かべ、そして今までよりもためらいのない百ワットの得意顔を作り――心地の良い意気を込めて、こう言い放った。 「有希とみくるちゃんと、古泉くんに決まってるじゃない!」 エピローグ
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 「――伏せてっ!」 最初に叫んだのはハルヒだった。しかし、教室にいる誰もその意味を悟ることができず、それに従ったのは俺だけだった。 次の瞬間、教室の窓ガラスが吹き飛び、多数の赤い光球が教室中に撃ち込まれる。悲鳴すら上げる暇もなく、 呆然と突如教室目の前に現れたヘリに呆然としていたクラスメイトたちにそれが浴びせられた。 しかし、俺は床に伏せたままそれを避けるべくダンゴムシのように縮まっていたため、その先教室内がどうなったのか、 激しい判別しようのない轟音と熱気の篭もった爆風でしか俺は知ることができなかった。時折、鉄を砕いたような臭いが 鼻から肺や胃に流れ込み、猛烈な嘔吐感を誘ってくる。 「キョン!」 誰かが俺の襟首をつかみ、俺の身体を引きずり始めた。俺は轟音の中、何がどうなっているのか確認しようと 目を開けようとして、 「目は閉じて! いい!? 絶対に開けるんじゃないわよ!」 耳元に届いたのはハルヒの声だった。どうやら俺を引きずっているのはこいつらしい。目をつむった状態だったが、 今俺が引きずられている方向を推測すると、どうやら教室の外に出るつもりのようだ。 「何だ、どうなんているんだハルヒ! 教えてくれ!」 「良いから黙ってなさい! 教室から出るのが先決よ!」 ぴしゃりとハルヒの声が飛ぶ。 ほどなくして教室外に引っ張り出されたのか、手を付けている床のさわり心地が変わったのを感じた。 この時、俺のすぐそばを何かが高速で飛び去ったのに驚き、思わず軽く目を開けて―― 「…………っ!」 またすぐに閉じた。一瞬見えたのは、ガラスを失った窓ガラス、そして教室の床が赤く染まりその上には、 机や椅子の破片が散らばっていた。だが、その中には見たこともない物体も多数混じっていて…… 戻す寸前だった。その正体不明の物体がなんなのか悟ったとたん、俺の胃が溶けてなくなりそうになる。 一瞬だったというのに、まるで根性焼きか入れ墨を脳に刻まれたように、はっきりと鮮明な一枚の惨劇の写真が ずっと目を閉じても視界に焼き付き続けた。 俺はたまらず教室の方ではない方向へ顔を背けて目を開ける。別の視覚情報を脳内に新規導入しなければ、 ずっとスプラッタ映像が俺の目を支配し続けるからだ。 目を開けた先には、ハルヒのドアップがあった。それも全身血まみれで、セーラー服も半分近く血で赤く染め上げられている。 そして、すぐに俺の顔をつかむと、 「いい!? 誰だかわからないけど恐らく狙いはあたし、あるいはあんた! このままだと生徒を巻き込むだけだから、 とっととここから逃げるわよ!」 「あ、ああ……いや、あ、なんだ、そうなのか……そうなんだ。いや! それよりお前その血は……!」 「あたしのじゃない! 巻き添えになった人のものよ! あたしは何ともない――そんなことより早く移動しないと 攻撃が続けられるだけだわ!」 ハルヒは一方的に話を進めると、俺の手を取って走り始めた。一目散に教室から離れるように走り始める。 そうか。 今俺たちは襲われたんだ。 前に朝倉の襲撃を受けたのと同じように、誰かが俺かハルヒの命を狙って。 そして、その牙は俺たちだけでは収まらず、周囲にいたクラスメイトたち全てを飲み込んだ。 ………… なんてこった。昨日の古泉・朝倉のカミングアウトからハルヒの好印象まで良い感じに進んでいると思った矢先に、 信じたくないような大惨劇が起きた。俺が狙われるのなら、正直まだ救われたかも知れない。すでに経験済みだしな。 だが今回は違う。宇宙人の変態パワーによる襲撃ではなく、現代的な手法による無差別攻撃。これがショックでない奴がいるなら、 今すぐお前に全責任を押しつけてやるから出てきてくれ。 ふと俺は――何となく身を引かれるような視線を感じて、振り返った。そこには、教室の出入り口からこちらをのぞき込むように 見ている朝倉の姿があった。しかも、あのいつもの微笑みまで浮かべてやがる。 あの野郎。無事ならどうして助けてくれなかったんだ。あいつの力ならあんな攻撃楽々受け止められただろう。 いや、それは違う。長門があの15000回以上繰り返された夏の日をなぜ止めなかったのかその理由を思い出せ。 情報統合思念体――その配下にいるインターフェースの役割はハルヒの観察だ。朝倉暴走のように情報統合思念体身内の問題なら 何らかの対処を取るかも知れないが、今俺たちを襲ってきたのはどうみてもただの人間が使う攻撃ヘリである。 だったら連中は手を出さないだろう。ただの人間同士の殺し合いだと判断して。 ふと、隣の六組の前を通りかかったとき、出入り口から中が見えた。そこでは攻撃こそ受けていないが、 目の前を飛び交っている一機の攻撃ヘリの前に悲鳴を上げて右往左往する生徒たちの中で、ぽつんと読書を続ける長門の姿が。 俺は必死に心の中で叫ぶ。助けてくれ長門。お前は誰の好きにもさせないと言ってくれたじゃないか。 だから、せめて俺とハルヒ以外の無関係な人を守ってやってくれ―― しかし、その思いは届くことなく六組の中にも苛烈な銃弾が撃ち込まれ始めた。飛び散る壁や窓ガラスの破片に 俺はただひたすら目を閉じて現実逃避に努めることしかできない。 「降りるわよ!」 俺は激しい脱力感の中、階段を下りていくハルヒの手に引かれて走ることしかできなかった。 ◇◇◇◇ しばらく校舎内を走り回ったあと、俺たちは一階の校舎の隅に一旦身を隠すことにした。いい加減、俺とハルヒの息も 上がりつつあったからだ。 「一体っ……なんだってんだっ……!」 「知らないわよ、そんなことっ!」 俺はひどく動揺していた。一方のハルヒも状況がつかめないせいか、強い苛立ちを見せている。 さっきの攻撃ヘリは俺たちの姿を見失ったのか、学校周辺を飛び回っているだけで攻撃は控えているみたいだった。 四方八方からあのヘリのローターから発せられるバタバタ音だけが校舎の廊下に響き渡っている。 学校内は収拾のつかない混乱状態になっていた。正気を失って逃げまどう生徒、負傷しておぼつかない足で歩く生徒、 動かなくなった生徒を抱きかかえて助けて!と叫ぶ生徒……。中には校舎外に逃げ出そうとする生徒たちもいたが、 攻撃ヘリがそれを阻止するように飛び回っているせいか、誰も外へ逃げ出せていない。見通しの良い場所に ホイホイと出てしまえば狙い撃ちされてしまうかも知れないという恐れがある以上、うかつに出れないのだ。 俺はふと思いつく。ハルヒの能力なら、あの殺人ヘリをなんとかできるんじゃないかと。 だが、それを口にする前にハルヒは苦渋に満ちた表情で壁に拳を叩きつけた。まるで、俺の心の中を読んで、 できるならとっくにやっていると言いたげに。 そうだ。ここでハルヒが反撃なんかできるわけないんだ。この学校には沢山のインターフェースや機関のエージェントが 潜んでいる。万一、ハルヒが自らの力を使ってあの殺人ヘリと戦えば、即座にハルヒは自分の能力を自覚していると ばれてしまうだろう。そうなれば、機関はどう動くかは不明だが、情報統合思念体は即刻全人類ごと抹殺してしまう。 それでは本末転倒だ。 ハルヒの強い苛立ちは、できるのにそれを行えない矛盾の袋小路に対してのものなんだろう。ちっ、となると、 長門や朝倉は助けてくれない、ハルヒは動きを封じられたも同然になるから、一体誰に助けを求めれば良いんだ…… って、一つしかいねぇじゃねーか。この事態を未然に防ぐべき組織がある。機関だ。それを怠って古泉たちは 一体何をやっている!? 俺はすぐに携帯電話を取り出し、古泉にかけてみる。しかし、コールはするもののいつまで経ってもつながる気配はない。 こんな時に何やってんだ。いや、ひょっとして最初の攻撃に巻き込まれたんじゃないだろうな? 何度もかけてみるが、やはりつながらず。どうすりゃいいんだよ。 と、ハルヒが何かに気が付いたのは突然走り出した。あわてて俺もそれ続く。 ちょうど校舎の真ん中当たりでハルヒは立ち止まり、もう一つの校舎の前でホバリングを続けている攻撃ヘリを見つめた。 それはしばらくそのまま停止を続けていたが―― 「やめてっ!」 ハルヒの悲痛な叫びが俺の耳を貫く。その瞬間、ヘリの両サイドからミサイルのような物が発射されて、 もう一つの校舎の二階にある教室に撃ち込まれた。 強烈な爆音・爆風で俺たちのいた廊下の窓ガラスも一気に割れて飛び散り、俺たちの身体にバラバラと降り注ぐ。 襲撃者は俺たちがいない場所、つまり無関係な人間のいる場所に向かって攻撃を加えたのだ。 あまりに残酷で冷酷な敵のやり方に、俺は怒りよりも恐怖を感じる。 と、ここで俺の携帯に着信が入った。発信者は――古泉一樹となっている。 俺は即座に通話ボタンを入れ、向こうの言葉も聞かずに状況の説明を求めた。 「一体全体どうなってやがる! 襲ってきたのは何だ!? お前ら今まで何をやってきたんだよ! とっとと何とかしてくれ! このままじゃ、被害や犠牲者が増える一方だぞ!」 こっちの一方的な物言いに、古泉はしばらく黙って聞いているだけだったが、やがて、 『とにかく落ち着いてください。焦る気持ちもわかりますが、それでは有効な対策も取れません』 「落ち着けだって――うおっ!」 今度は俺たちのいる校舎三階に向けてミサイルが発射された。上階で発生した爆発の衝撃で、校舎全体が地震に 襲われたようにぐらぐらと激しく揺れる。 ええい、確かに焦っても攻撃が続くばかりか。 「どうすりゃいい!?」 『今、機関の方で対処を行っています。時期にあなたたちを襲っている者たちの排除に移る予定です。 あなたたちはしばらく見つからないように隠れていてください』 「そんなこと言っても、奴らは無差別攻撃を始めているんだぞ! 悠長なことを言っている場合じゃないんだ!」 『わかっています! しかし、それしか方法が――』 「キョン」 俺と古泉の会話に割り込む声。見れば、ハルヒがうつむいたまま肩を振わせていた。そして、俺が聞くべきかどうか 迷っていることについて古泉に確認するように指示を出す。 『何かありましたか? 問題があれば言ってください』 どうやら古泉にはハルヒの声は聞こえなかったらしい。何かあったのかと珍しく焦りの声をこちらにかけてきている。 俺は躊躇していた。 ハルヒが聞けと言うことは確かに確認しておかなければならないことだ。 だが……もし予想通りだったら。 その時、ハルヒはどう思うだろう。そして、それはどうすればいいのだろうか。 ………… また一発のミサイルがどこかに着弾したらしい。激しく校舎が揺さぶられた。ええい、迷っている場合ではない。 俺は意を決してその確認を行う。 「古泉。一つ確認したい」 『なんでしょうか?』 「襲ってきたのは機関の人間か?」 その指摘に古泉はしばらく黙ったままだったが、やがてこう言った。短く、か細い声で。 『……そうです。機関の強硬派によるものです』 古泉から言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。機関――ハルヒが作り上げたに等しい組織がこんな無差別殺戮を行っている。 そして、それをそそのかしたのは俺だ。なら――この惨劇の責任は俺にあることになる。 ハルヒは耳では聞き取れないはずだから、何らかの超パワーで俺と古泉の通話を聞き取っていたのだろう。 機関強硬派によるものだとわかったと同時に走り出し、階段を駆け上がる。 「待てハルヒ! 待ってくれ!」 俺はすがるようにそれを追った。ハルヒがやろうとしていることはすぐにわかった。襲ってきた奴らを排除すること。 もちろん、それは自分が力を持っていることを情報統合思念体や機関に後悔することと同義であるから、 つまりはハルヒは機関――超能力者を作ることに見切りを付けたってことだ。 ――排除後に、ハルヒはこの世界をリセットする。 走りながら必死に俺は考えた。 何だ。 何を間違えたんだ。 確かに俺の世界とは多くの点で異なることがあった。 だが、それでも朝倉が暴走する可能性はあっても、機関強硬派がこんな行動に打って出る理由は何だ? ……それとも、俺の世界でもこういった事例はあってただ表面化していなかっただけなのか。 そんなわけねえ。 そんな分け合ってたまるか! だってそうだろ? 強硬派が望むように、ハルヒに強い衝撃を与えようとするならいつでもできたはずだ。 そのチャンスは多々にあった。 それが実行されなかったと言うことは、俺のいた世界と今ここの世界では大きく何かが異なっているはずだ。 何だ? それは……なんなんだ? 俺は結局ハルヒに追いつくことができず、そのまま校舎屋上に飛び出した。すでにハルヒは屋上の中心で空を見上げている。 さあ自分はここだと言っているように。 すぐに俺もハルヒの元に近づこうとするが、その前にハルヒの真正面にあの殺戮ヘリが現れる。 ローターから激しく発生する風に煽られ、俺の足は止められた。 だが、ハルヒはセーラー服と髪は激しくなびくものの、全くそれに動じていない。 やがてあの多数の生徒を殺戮した回転式の機関砲がハルヒに向けられる。ちょうどハルヒは俺に背を向ける格好になっているため どんな表情をしているのか見えない。 もうすぐハルヒは何かの力でこの攻撃ヘリと戦うのだろう。止めるしかないのだ。 どんなハリウッド的アクションが展開されるのかと思っていたが、予想に反して戦いは静かに進行した。 攻撃ヘリはハルヒに回転式機関砲を向けたまま微動だにせず、ただ浮かんでいるだけ。 ――いや違う。ハルヒは指一つ動かす気配がなかったが、攻撃ヘリの方が勝手に異音を発し始めていた。 それもエンジン音がおかしいとかではなく、金属が軋んでいくような脳髄をくすぐる嫌な音を鳴らしている。 やがて攻撃ヘリはブラックホールに吸い込まれていくように、次第に機体がつぶれ始めた。 めりめりと嫌な音とともに圧縮されていき、破片一つ飛ばすことなく、火花一つ飛ばすことなく小さくなっていく。 そのまま圧縮が続き、最後には野球のボール程度の球体までになってしまった。そこでハルヒはようやく腕を動かす。 すっと横に振った手を合図に、圧縮された攻撃ヘリは散り一つなく拡散するように消失した。 ………… さっきまで俺を覆っていたヘリの轟音が完全に消え失せ、辺りには校舎から聞こえてくる生徒たちの悲鳴・怒号が支配する。 遠くからは警察か消防かわからないが、けたたましいサイレンが鳴り響き、こちらに近づいてきていた。 終わった。何もかもが。 ハルヒはすっとうつむき加減のまま、俺のそばを通り校舎の中に戻っていく。 ちょうどその際にこう言い残して。 「……昨日言ったことは全部撤回するわ。あたしはこんなことをする連中を作りたくないし、一緒にいたくもないから。 この世界はここで終わりよ。情報統合思念体が動く前に、リセットの準備に入るわ」 ちくしょう――何でこんな事になったんだよ……! ◇◇◇◇ 「一体これはどういう事なのか説明しろ。お前のわかりにくいたとえ話は全て却下だ。簡潔にわかりやすくに言え。 でなきゃ、俺がどんな行動を取るか保証しねぇ。今は頭の血管がぶち切れる寸前なんだからな」 この惨劇後、校庭の隅で呆然としていた俺の前に現れた古泉に、俺は食って掛かっていた。 こんな状況でもいつものあのニヤケスマイルを浮かべて現れたら、即刻ぶん殴っていたが、さすがに事態は深刻らしく 表情は硬いままだったので握った拳はそのままにしておいてやる。お前の返答次第でどう動くがわからんがな。 校舎の状況は最悪だった。目で確認は俺自身が拒否しているため、喧噪の中で流れてきた話を拾った限りじゃ、 死傷者は百人単位に上っているらしく、特に俺の五組は生存している人間がほとんどいない惨状だそうだ。 朝倉は無事だったのを確認しているから全員死亡ではないだろうが、谷口や国木田もダメと見て良いだろう。 現在では警察や消防がひっきりなしに動き回り、状況把握に努めている。負傷者は多すぎるため重傷者のみ救急車で 運び出し、まだ何とかなる人間は校庭にテントを張って治療を行っている。 まさに地獄絵図だった。 あの後、ハルヒはどこかに姿を消してしまい、俺は何もできない無力感に浸りつつ校庭への避難誘導に従って 校庭に出てきていた。そこへ古泉の野郎が現れたって訳だ。 俺に胸ぐらをつかみ上げられたまま、古泉はしばらく黙っていたが、 「今回の件については申し訳ないとしかいいようがありません。強硬派の存在は機関内部では周知の事実でしたが、 このような行動を取るとは予想もしていませんでした」 「甘すぎるだろ! 危険な目的を持っているならもっと早い段階で手を打っておけばいいじゃないか!」 「状況は複雑にして微妙なんです。例えそう言った目的を持っていたとしても、うかつに動けません。 なぜなら、僕たち機関の他に情報統合思念体――TFEI端末の主流派も涼宮さんに対して観察という意味で 傍観を決め込んでいるからです。機関強硬派が例え目的を果たそうと行動を起こすと言うことは 情報統合思念体主流派と敵対の道を歩むということでもあります。そうなれば、強硬派はただでは済みません。 彼らの能力は僕らの存在などいともあっさり消せます。涼宮さんの観察の支障となると判断されればあっさりと抹消されて 終わりでしょう。そう言った考えで、強硬派もうかつに手を出すことはないと判断していました」 そうか。だから俺の世界では機関の危ない連中は手を出してこなかったってわけか。だが、ここではいともあっさり ハルヒにちょっかいを出してきた。何だ? 何が違っている? 俺はしばらく考え込んでいたが、途中で別の事に気が付く。 「待てよ。ならお前らの危険思想を持った連中が動いたって事は、情報統合思念体――朝倉たちと敵対する道を 選んだってことでいいんだよな? だが、何の保証もなく動くってのはおかしくねぇか? 何か動くきっかけがあるはずだ」 「それなんですが……」 ここで古泉は俺が冷静になりつつあると判断したのか、俺の手をふりほどき制服を整える。 そして続ける。 「まだ結論は出ていませんが、どうも情報統合思念体の一部と結託したようなんです。きっかけはわかりませんが、 何らかの情報を得て機関強硬派は動かざるを得なくなった。その理由についてはまだわかっていません。 現在、情報を精査中です」 古泉の淡々とした説明に、俺はどっと疲れを感じて地面に座り込む。校庭の方が騒がしくなったのを見ると、 どうやら保護者たちが次々と駆けつけ始めたようだ。怒号・叫び・悲鳴……この世の負の感情が怨念のように校庭を支配する。 俺の家族にはさっき無事を知らせる電話を入れているのでこれ以上の心配をかけてはいないが。 古泉は俺に視線を合わせるようにしゃがみ、 「僕が言うのもなんですが、起こってしまったことについてとやかく議論をしている余裕がない事態です。 今回の一件で機関も対応しなければならないことが発生していますので」 「ああ、とっとと危険人物どもを牢屋にでも放り込んでおいてくれ」 「それはとっくに完了済みですよ。それ以外のことです」 「……なんだと?」 嫌な予感がする。事後対処が終わっていて、次にやることと言えば……やはりハルヒのことか? 古泉は続ける。 「今回の襲撃では、TFEI端末、機関ともにその対応が行えませんでした――おっと、TFEI端末はもともと介入する気は なかったようですが。それはさておき、そんな状況でありながら誰かが機関強硬派の襲撃を撃退しています。 あなたは何か知りませんか?」 「…………」 俺は答えるべきかどうか迷ってしまう。ハルヒはもうリセットをかけるべく準備を開始すると言っていた。 なら今ここでばらしてもどっちみちかわらないだろう。だが、何の違いで今回の惨劇が発生したのかわからない状態で うかつな行動を取って取り返しの付かないことになったら…… 結局俺は首を振って、 「逃げるので精一杯だったから、よくわからん。気が付いたらいなくなっていた」 「そう……ですか」 古泉の表情はなぜか残念そうに見えた。まるでどうして本当のことを言ってくれないのかと言いたげなように。 言った方が良かったのか? それとも何かたくらんでいるのか。 俺はたまらず聞き返す。 「なんなんだ、一体。言いたいことのがあるならはっきりと言ってくれ」 「……涼宮さんのことですよ」 やっぱりそうか。 「あの状況下で、事故以外に強硬派を撃退する能力を有しているのは涼宮さん以外にいません。 そうなると、彼女が突然追いつめられた状況にショックを受け自分の力を自覚してしまったか、あるいは――」 ――古泉は憂鬱そうに目を細め、 「元から涼宮さんは自分の力を認識していたということですね」 ちっ、やっぱりそう言う結論になるわな。そうなると、すでに情報統合思念体も同じ認識を持っていて――うん? だったらとっくに地球ごと抹殺されていてもおかしくないか? あるいはハルヒがリセットするか。 俺は念のために追求しておくことにする。 「万一だ、ハルヒが力を認識するなり、元からそうだったりした場合、何の不都合が発生するんだ? おっと昨日朝倉と一緒に聞かされた話は一応理解しているつもりだ。それをふまえた上でお前らがどう動くかってことを 確認しておきたいんだが」 「その点についてですが、はっきり言って機関の方ではこのままでも一向に構いません。実際に涼宮さんが力を認識しても、 不都合のない今まで通りの世界が続いてくれればいいんですから」 「なら別に問題ないだろ」 「ですが、情報統合思念体――TFEI端末から得られた情報によれば、彼らはそれでは困るようですね。 何らかの動きを見せるようですが、僕のような末端の人間まではその内容について聞かされていません」 動きってのは、ハルヒごとこの星を吹っ飛ばすことだろうな。だが、なぜ実行に移していないのだろうか。 古泉は続ける。 「同僚からの情報によれば、どうやらその情報統合思念体の動きは機関にとって大変都合の悪いことのようでして。 僕にもその件について非常招集がかかっています」 そりゃ地球ごと抹殺しますよと言われればとんでもない騒ぎになるのは確実だからな。 古泉はすっと立ち上がると、 「では、僕は機関の方に行かなければならないので」 そう言って俺の元を立ち去ろうとする。 「ちょっと待て!」 と、俺は思わず古泉を呼び止めてしまう。どうしても言っておきたいことがある。 古泉はなんでしょうかと振り返った。 「なあ古泉。頼みがある」 「言ってください」 俺は立ち上がり、古泉の目をじっと見て、 「……ハルヒを見捨てないでくれ。頼む」 俺の言葉に、古泉はさわやかなスマイルを浮かべるだけだった。 ◇◇◇◇ 「ちょっといいかな?」 古泉と入れ替えにやってきたのは朝倉だった。俺は思わず身構えてしまった。この状況で襲われればひとたまりもないからな。 だが、朝倉はいつもの柔らかな笑みのまま、 「そんなに警戒しなくても良いよ。あなたに何かしようとは思っていないから」 「だが、ハルヒが力を自覚した、あるいは元々自覚していたかも知れないということが不都合なんだろ?」 「それはそうなんだけどね……」 ちょっと困ったようなような表情になる朝倉。 だが、次にその口から飛び出たのは予想外――いや、俺の脳みその血管をぶち切るのに十分な言葉だった。 「元々涼宮さんが認識している可能性は、情報統合思念体内部でも検討されていた事よ。でも、大勢を占める主流派は そんなことを一々確認する必要はないとして放置という選択を取っていたのよね。これに関しては他の勢力も大差ないわ。 でね、かといってそのままだと何も起こらずなぁんにも観測できないのよ。そんなのつまらないと思わない? あたしたちの目的は涼宮さんの情報創造能力を観測すること。ただ見ているだけじゃ何も変わらない。 だからね、上の人たちなんて無視して動くことにしたのよ」 あの時――ナイフで朝倉に斬りつけられたときの記憶が俺の脳裏に蘇る。あの時もそんなことを言っていた……まずい。 今すぐ走って逃げ出すべきか? 朝倉はこっちの動揺もお構いなしに続ける。 「でも残念なことに情報統合思念体の主流派はそれを許さない。そこであたし考えたのよ。昨日、機関っていう組織も 一枚岩ではないってことを言っていたじゃない。だから、その人たちに代わりに涼宮さんを襲ってもらうことにしたの」 唐突すぎる告白。俺の視界が真っ赤に染まるんじゃないかと思うほどに、頭に血が上る。 「お前が……お前がこの事態を引き起こしたってのか?」 「そうよ。でも彼らも独自の目的を持っていたのよね。あたしはあなたを殺すようにけしかけたつもりだったんだけど、 直接涼宮さんを襲うとは思っていなかったわ。そんなことをしたら涼宮さんが力を自覚しちゃうじゃない。 そうなったら観測できなくなっちゃう。まさに本末転倒よね。全く勝手なことをしてくれたおかげで大迷惑よ」 朝倉はいつもの笑みを崩さない。 この野郎。昨日偶然聞きつけた機関強硬派を利用することにしたってのか。主流派の目をごまかすために。 またそれなら長門も行動できないと考えたのだろう。 この惨劇の元凶は、昨日のたった一度の会話が原因。まさか、あれだけでここまで事態が変化するなんて思ってもいなかった。 結局は朝倉の暴走なんだが、それによって思わぬ副産物を朝倉――情報統合思念体は得てしまったことが最大の問題だ。 「今回の一件で涼宮さんは確実に自分の能力について自覚したわ。敵を倒したのは他ならぬ彼女だもの。 この時点で情報統合思念体の観測作業は終了して、強制措置に入る。これは情報統合思念体全てにおける共通意識」 「その強制措置ってのを教えてもらおうか」 知ってはいるが、念のために確認してみる。朝倉は表情一つ変えず、 「この惑星全ての知的有機生命体の排除。涼宮さんを含めてね」 やっぱりそうか。だが、なぜ俺にこんな話をしてくるんだ? とっとと実行すりゃいいだろ。 そこでさっき古泉が言っていたことを思い出す。情報統合思念体の動きは機関にとって不都合なことであると。 「あ、気が付いたかな? そう、機関がどうも情報統合思念体主流派と接触して交渉しているみたいなのよ。 彼らにとって抹殺措置は避けたいみたいだから。わたしには有機生命体の死の概念がよくわからないから、 何でそんなに必死になっているのか理解できないけどね」 「お前らと違って、俺たちは死んだら終わりなんだよ。情報なんたらで無敵の存在であるお前らとは違ってな」 俺は悪態を付く一方で希望が胸に渦巻き始める。機関の主流派はまだ諦めていない。何とかハルヒを守ろうとしているんだ。 きっとそうに違いない。ハルヒを守ることが自分たちの命を守ることにつながるって事だからな。 ふと、ここまで来て思う。朝倉は何でこんな話を俺にしているんだ? この問いかけに、朝倉はぐっと俺に顔を近づけてきて、 「実はちょっとあなたに興味があったのよ。いろいろ調べてみたんだけど、あなたはただの有機生命体に過ぎない。 でも、涼宮さんという特別な存在に見初められている。それはなぜ? どうせこれが最期になるだろうから 確認しておきたかったの」 「知らねえよ。俺は俺だとしか言いようがない」 実は異世界人だとは言わなかった。情報統合思念体が地球ごと破滅させるかどうかは、まだわからなくなってきたからな。 切り札になるかもわからないが、余計な不確定要素を作るべきではない。 と、朝倉は俺から離れ、 「そっか。残念。実はあなたが涼宮さんに何かの力を与える存在かも知れないとちょっと期待したんだけどな」 「あいにく俺はミジンコ並みに普通なんでね。残念だったな」 ここで朝倉は何かの情報をキャッチしたような顔を浮かべ、 「あ、どうやら交渉がまとまったみたい。わたしに任務終了の通達が来たわ」 そう言うのと同時に、朝倉の身体が以前長門がやった情報連結解除と同じようにさらさらと消滅していく。 俺はせめてこれからどうなるのか確認しておきたかったので、 「おい! これからどうなるのか、冥土のみやげかどうかは知らんが教えてくれても良いだろ!?」 「もうすぐわかるわよ。もうすぐね♪」 朝倉はいつもの笑みのまま消えていってしまった。 ちっ、これ以上の情報を得るのは無理だったか。しかし、機関が情報統合思念体にストップをかけているという事実は かなり大きな収穫だ。 俺はすぐに携帯電話を取り出し、ハルヒへつなぐ。 ……ハルヒ。まだ機関に絶望するのは早いぞ。古泉たちは思った以上にやってくれるかも知れないんだ。 ◇◇◇◇ ハルヒは旧館の一つの部室から呆然と外の様子を眺めていた。 外はマスコミも駆けつけてきたのか、報道のヘリを含めてますます喧噪に包まれている。 俺は携帯でここにいることを知らされ、ここにやって来た。もちろん、ハルヒにリセット中止――最悪でも様子見に してくれというために。 「で、そんなにあわててどうしたってのよ」 「中止しろ!」 「は?」 息が切れているせいで端的な発言しかできん。とにかく何でも良いから止めさせないと。 俺はぐっとハルヒの肩をつかみ、顔を寄せて、 「リセットだ! もうちょっと待ってくれ!」 「……理由は?」 半目でうさんくさそうなハルヒの表情だったが、俺は構わず続ける。 「朝倉と接触した。どうやら、情報統合思念体と機関が何かの交渉を行っているみたいなんだよ! 旨くすれば、お前が力を自覚していることがばれてもどうにかなるかもしれないぞ!」 「だから、この惨状を受け入れろって言うわけ?」 ハルヒがばっと窓から校舎の惨状を示すように指を向けた。そこには未だ回収されない動かない生徒の姿や 血まみれの廊下・教室、粉砕された校舎の一部……爆撃を受けた後の状態の学校が広がっている。 俺は手を振りながら、 「それはわかっている。こんな状態で放っておけるわけがないからな。だが、せめて機関が情報統合思念体にどういう影響を 与えるのか、その確認をした後でも十分だろ? もう少し待ってくれ、頼む!」 必死の説得。このままこの状態を続けるのは俺もはっきり言って嫌だし、リセットはむしろ望むところだ。 しかし――しかしだ。このまま終わりにしても何の成果もないのは事実。だったら、せめて機関がどう動くのかだけは 見極めておきたい。機関の主流はハルヒの平穏無事な一生にある。ならば、きっと力の自覚後も同様の状態を 維持しようとするはずなんだ。そうに決まっている。 それであれば、確認後にリセットをして今度はこの惨劇が起きないようにすれば良いだけ。答えは目の前にあると言っていい。 だが、ハルヒはなぜか納得しようとしなかった。じっと疑惑の目を俺に向け続けている。そして言う。 「まあ、あんたに言われなくてもリセットはしばらくするつもりはなかったわよ。あたしのことを知ったはずの情報統合思念体が 動きを見せないから。何でかと思えば、機関って連中が何かたくらんでいるって訳ね」 「古泉も呼び出しを受けていたし、もうすぐ何かの動きがあると思うぞ。それから――」 「……あのさ、キョン」 ハルヒはいつになく真剣――いや、まるで子供に説教するかのような目つきで俺を見つめた。 俺はその視線に自分の口が完全に塞がれた気分になる。 そして、ハルヒは言った。 「あんた、一体誰を見てそう思っているの?」 「誰って……そりゃ機関、いや古泉だな。あいつらの目的は昨日話したとおり俺の世界と同じだったから違いはないはずだ」 「でも違うわ。ここはあんたの世界とは違う」 ――ハルヒはすっと目を瞑り、俺を諭すように、 「あんたは今を見ていない。キョンが見ているのは、自分の脳内にいる古泉くんよ。その姿を見てきっとこう考えている、 こうしてくれる、そう思っている――いや、思いこんでいるだけじゃないの?」 「それは……」 ……反論できなかった。 俺は本当に古泉一樹という人間を把握しているのか? 元の世界では少なくともあいつの言動から見ても、 機関よりもSOS団を優先させるはずだ。 だが、この世界の古泉はどうだ? まだあってから数週間しか経っていないんだ―― ―――― ―――― 一瞬だっただろう。俺は何かが起こったことだけ理解できたが、それがなんなのかはさっぱりわからないまま、 床に突っ伏していた。辺りにはガラスが大量に飛び散り、部屋の中の備品はめちゃくちゃに散らかっている。 何だ? 何が起こった? すぐに俺の身体が誰かによって引き寄せられた。目の前にはハルヒのドアップが浮かぶ。 必死に何かを叫んでいるようだったが、俺の耳には何も届かなかった。それどころか、激しい頭痛とめまいが 視界を揺さぶり続け、意識を保つだけで精一杯の状況である。 ハルヒはすっと俺の額に指をつけ、眉間にしわを寄せた。何かのおまじない――いや情報操作か。 俺に対してそれを行おうとしているのか? ほどなくして、俺のめまい・頭痛が停止し聴覚も復活した。同時に、多数の花火のような爆発音が辺りに広がっていることに 気が付く。激しい断続的に続く地鳴りと揺れを感じることに、聴覚どころか感覚すら狂っていたことに気が付かされた。 俺の身体異常を一瞬にして直したのか。とんでもない奴だよ、ハルヒは。とりあえずありがとうと礼を言っておく…… 「そんなものいらない! それどころじゃない!」 ハルヒのつばが俺の顔にかかった。同時に背後の校舎の屋上が吹っ飛び、破片と爆風が俺のいる部屋に流れ込んできた。 ハルヒは俺をかばうように抱きかかえてそれから守ってくれる。 ここでようやく事態に気が付いた。また北高は何かからの攻撃を受けている。いや、爆発音の大小から考えて、 北高だけじゃない。もっと遠くも同様の爆発が起きているに違いない。 なんだってんだ! 「屋上に上がるわよ!」 そう言ってハルヒは俺の手を引いて走り出した。 旧館から校舎へ渡る途中、校舎二つのうち一つはさっきの爆発で完膚無きまで破壊されていたのが見える。 ハルヒはもう一つの校舎の屋上に向かっているのだろう。 途中通りかかった校庭では、大パニックが起きていた。逃げまどう生徒・保護者・マスコミ関係者を 警察や消防の人間が必死に逃げるように誘導していた。 だが、すでに校庭でも爆発が起きたらしく、ところどころクレーターができあがっていた。その周辺には 傷ついた人たちの姿もある。北高はこの地域では高台に位置するため、広がる街並みをある程度一望できたが、 やはりさっき感じていたとおり次々と爆発が発生して煙が立ち上っている。まるで戦争状態だった。 ハルヒはそんなことお構いなしに、校舎の階段を駆け上がった。俺はその引かれる手のままに走りながら 混乱を越えて錯乱の域に達していた。 古泉は機関の強硬派はすでに押さえ込んだかのようなことを言っていた。だったら今度の攻撃はないんだ? まだ機関強硬派の残党がいたのか? いや、いくらなんでも機関がそこまで無能だとは思わないし、 さっきの襲撃とは桁違いの規模の攻撃であることから、残党の仕業とは思えない。こんな事ができるなら 最初の攻撃時にやっているだろうからな。 屋上の扉を開け、ハルヒはそこの中心に飛び出した。体育系部活の運動もびっくりな無酸素無呼吸階段いっき登りに いい加減息の切れた俺は膝をついて肺をフル稼働させて酸素補給に努める。 一方のハルヒは少し肩で呼吸はしているが、休む気配は見せない。それどころか、すっと両手を広げて、 「全部食い止める!」 ハルヒの叫び。同時に俺から見える360度全方位の青空で無数の爆発が起きた。 もう展開について行けない。誰でも良いから今すぐ俺に状況を教えてくれ。 すぐハルヒは再度空に向かってにらみをきかせる。すると、また同じようにそこら中の空で爆発が起きる。 どうやら、ハルヒが攻撃を阻止しているらしい。ってことは、さっきからの大爆発は空から何かが飛んできているのか? 「砲撃よ! バカみたいに大量の砲弾が雨あられと降ってきているわ! 狙い先は北高だけじゃない、もうめちゃくちゃに 周辺の町全体に撃ち込まれているの!」 ハルヒの怒鳴り声と同時に、また空中爆発が大量発生した。なんてこった。本当に戦争じゃねぇか。 そんな国際法無視上等なことをやらかしているバカ野郎はどこのどいつなんだよ。 しばらくハルヒVS無差別砲撃戦が続く。俺はただオロオロするばかりで何もできない。 だが、この事態に対処できている人間なんてハルヒ以外にはいないだろう、校庭や学校周辺の人たちもパニックになって もう誰の誘導も指示も無視して四方八方に逃げている。逃げ場がどこなのかわからないのに、走らずにいられないみたいだ。 また空一面に爆発による火球が無数にできる。いかんいかん! どうすりゃいいんだ? そうだ、とにかくこの攻撃の意図はわからないが、これ以上人を巻き込むわけにはいかん。安全地帯を探して、 そこに誘導しないと。 「ハルヒ! 取り込み中だと思うが、安全な場所を探すことはできないのか!? 俺がここにいても仕方ないから、 教えてくれれば下の人たちをそっちに誘導するぞ!」 「今やっているわよ! ぎりぎりだから話しかけないで!」 また空に無数の爆発の花が開く。くそったれ、いい加減にしやがれ! どれだけの人の命を奪う気だ!? と、ここでハルヒは一瞬落胆するように、顔を下に向けた。だが、また砲弾が空に現れたのか、キッと顔をゆがめて それらを破壊する。 そして、絶望の色に染まった声で言った。 「安全地帯は……ないわ!」 「……なんだと!?」 どういうことだよ。 「北高を中心にして不可視遮断フィールドが展開されているのよ! 簡単に入ってこれるけど絶対に出れない空間、 あと外側から見ても別になにも変わっていないように見える状態になっている! 攻撃はその範囲内にくまなく加えられているわ! どこに逃げても無駄よ!」 そんな。じゃあただ黙って死ぬのを待つしかできないってのかよ。 いや待て。そんな芸当はいくら機関の超能力者でもできないはずだぞ。ならやっているのは情報統合思念体か? しかし、それにしては随分地球人類的手段を取っているように感じるが。 待て待て。そんなことを詮索している場合ではないんだ。今は何とか攻撃を避ける方法を見つけなければならない。 「だったら、攻撃の元を削げば良いんじゃないか!? 砲撃を受けているって言うなら、どこかに発射している奴らが いるって事だろ!? ならそっちを叩けばいい!」 「ええ、確かにいるわね。でも、それがどこだか教えてあげようか?」 俺の方に疲れ切った自虐的な笑みを浮かべるハルヒ。相当の疲労があるのか、顔中汗だくになり、 頬には髪の毛がまとわりついている。 「ここから数千キロ離れた砂漠地帯よ。恐らく演習場か何かでしょうね。きっと砲撃している連中もここに撃ち込んでいるとは 思っていないはずよ。SF映画のワープみたいに、砲弾だけが北高上空に転送されてきているんだから」 俺が愕然となった。数千キロ? 攻撃している連中はこの惨状を全く理解していない? 何を言っているんだ? もう訳がわからんぞ。それなら、ひたすら攻撃を防いでいることしかできねぇじゃねえか。 どうしようもなくなった俺だったが、それでも黙って指をくわえていることはできず、当てもなく周囲を見回した。 ハルヒのおかげで砲撃の着弾はなくなったが、パニックは収まらず逃げまどう群衆が見える。 ふと――完全に偶然だったが、もう一つの破壊された校舎の残骸を見ているときに、俺は人影を見た。 遠くだったのと日陰だったためただのシェルエットにしか見えなかったが、長細い筒のようなものをこちらに向けている。 とっさだった。それがなんなのかきっと普段映画の見過ぎだったのに加えて、辺り一面戦争映画モードだったのが 俺の判断を導いてくれたのだろう。ハルヒに体当たりしていた。 「――ちょっと何するのよキョ――!」 ハルヒの声の抗議は途中中断を余儀なくされた。なぜなら、体当たりのショックでハルヒの立っていた位置に 入れ替わった俺の右の二の腕辺りがちぎれ飛んだからだ。 自分の腕がなくなった瞬間、俺は痛みは全く感じなかった。全神経が麻痺し、腕に当たった猛烈な衝撃だけが身体を震わせる、 飛んでいく右腕はやたらとゆっくりと俺の後方に飛んでいった。野球の試合のウルトラスーパースロー映像みたいになめらかに。 「キョン!」 次の瞬間ハルヒが俺を抱きかかえた。同時に俺の右腕が元に戻っていることに気が付く。当然痛みも何もない。 またハルヒが治癒してくれたのか? 全く医者にでもなれば全世界の人間が救えるぞ。人口爆発は必死だけどな。 ってそんなのんきなことを考えている場合じゃねえ。 俺を助けるために、砲撃阻止を一旦中止したためか、北高一帯に無数の砲弾が降り注ぎ大地震のように校舎が揺さぶられた。 だが、憎らしいことに今やるべき事はそっちの阻止ではない。 「ハルヒ! 早く――!」 「わかってる!」 ハルヒは俺を抱えると、校舎の上を飛びはね回った。言っておくがただの喜劇でも運動でもないぞ。 俺の感覚が正しいなら、ハルヒが飛び跳ねた後1秒以内にそこに何か鋭利で高速なものが飛んで行っている。 つまり俺たちは今何者から銃撃を受けているって訳だ。 俺の体重なんて無視するかのようにハルヒは華麗にその銃撃を避け続けた。ただし、避けられているのは ハルヒの身体・洞察能力が素晴らしいだけであって、相手も的確に俺たちに銃弾を飛ばしてきている。 こいつじゃなければ全段命中は確実だろうな。 やがてハルヒは校舎と屋上の出入り口の前に移動した。続けて三発の銃弾が出入り口の壁に突き刺さりコンクリート片を 飛び散らせるが、ハルヒは動かない。どうやらここだと相手の位置から死角にはいるようだ。続いた三発の銃弾は ここから焦りを誘い移動させるための威嚇射撃だろう。相手は完璧なプロだな。それを見破るハルヒも大した奴だが。 ハルヒはさすがに体力の疲弊が激しいのか、しばらく胸を上下させて酸素補給に努めている。 その間にもまた砲撃がそこら中に加えられまくっているが、これではどうしようもない。 「とにかく、狙撃している奴の始末が先決ね……」 一旦大きく深呼吸をして、酸素補給を強制終了させたハルヒは死角からでないように辺りの様子を探る。 相手は何者なんだ? この状況でハルヒを狙って攻撃してくる以上、砲撃を行っている奴と同じ連中だろうが。 ふとハルヒはぱんと手を叩く。同時に周囲に空中モニターっぽいものが映し出された。それらには黒ずくめ――特殊部隊とか ああいう格好をした連中が10人くらい映し出されている。全員、手に銃を持ち何かの指示を出し合っていた。 手際よく無駄のないその動きは、やはりプロそのものだ。 「あっ……!」 その中の一人の顔を見て、俺は思わず声を上げてしまった。年齢の読みづらい美人女性。格好は軍隊でもあの顔だけは 変わるわけがない。森さんだった。 ハルヒはそんな俺を見逃さない。すぐに問いつめてきた。 「どうやら知っている人がいるみたいね。今はあんたの主張なんて聞いている暇はないからとっとと教えて」 「ああ、古泉の同僚って言っていた人だよ……俺の世界での話だがな。ちくしょう!」 俺は屋上の床を拳で殴りつける。 森さんは古泉と同僚、そして古泉は機関の主流派に属しているはずだ。ってことは森さんも主流派であると考えていいわけで、 彼女が襲撃に荷担していると言うことは、今無差別大規模攻撃+狙撃を行っているのは機関主流派ってことになる。 どういうわけだ。あれだけハルヒの平穏を望んでいたのに、何でこんな事をしている……! 「全部片づけてくるわ。あんなのがうろちょろしているとこっちもやりづらいから」 「…………」 俺はハルヒがその超人的な力で屋上から襲撃者に向かって飛びかかっていくのを止めるどころか、言葉一つ吐けなかった。 主流派の攻撃。機関はハルヒの排除を決断した。この事実は確定した。 ……なぜだ? なんでだ? ほどなくして、銃撃戦が階下で始まる。激しい銃声と小さな爆発音があちこちで起こり、ハルヒと機関の激しい戦いが 容易に想像できた。 砲撃は相変わらず激しく続き、街の大半が廃墟に変わろうとしている。 俺はもうするべき事も、したいことも思いつかず呆然としているだけだった。 十分程度立ったぐらいだろうか。軽い足取りで誰かが階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ハルヒか? だが、屋上の入り口に現れたのは、黒ずくめの襲撃者一人だった。すぐに俺の姿を見つけると、手にした短銃を俺に向け 立つように声をかけてきた。 その声にも聞き覚えがある。 「新川……さんですか?」 少し老いているが力強く威圧感のある声。あの執事を演じていた新川さんのものだ。 だが、初めてあったはずの俺の問いかけに動揺一つ見せることなく、さらに立て!と叫ぶ。俺はどうすることもできず、 両手を上げて立ち上がり…… 次の瞬間、新川さんは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。その背後からハルヒの姿が現れる。 その手には一人の北高制服の人間が抱えられていた。 ハルヒは新川さんをまるで粗大ゴミでも投げ捨てるように、蹴り飛ばし離れたところに追いやった。 さらに脇に抱えていた人間を俺の方にぞんざいに投げつけてくる。 「邪魔者は全部排除してきたわよ。ついでにこいつもいたから拾ってきた。言いたいことがあるなら今の内に言っておきなさい。 ついでに使えそうな情報を持っていれば聞き出しておいて。あたしはまた砲撃阻止に入るから」 「……やあどうも」 それは古泉だった。俺は自分の意思よりも先に感情でそいつの頬を思いっきりぶん殴る。 その勢いそのままに胸ぐらをつかみ上げ、 「おい! これは一体どういう事だ! 今すぐわかりやすく説明しろ! でなきゃ屋上から突き落としてやる!」 「…………」 俺の脅迫に古泉は黙ったままなぜか腕に付けている時計をちらりと見た。俺はその態度に苛立ちを募らせ、 さらに数回同じ言葉とともに、古泉の身体を揺さぶる。今更何を隠し事しようってんだ。 やがて古泉は観念したようなため息を吐いて、 「……機関は決断しました。涼宮さんの排除をね」 「なんでだ? お前らはハルヒが何の変哲もなく一生を過ごすことを望んでいたんじゃないのかよ!」 「そうです。その通りです。しかし、それは手段であって目的ではありません。目的を達成するための条件が変化した場合、 手段は変化します。当然のことだと思いますが」 「目的? ならお前らにとってハルヒは手段に過ぎない――」 俺は自分で言っていて気が付いた。そうだ。その通りだ。機関にとってはハルヒは手段でしかない。 俺の世界でもここの世界でも、機関の目的は世界の安定 ハルヒが明るい笑顔で過ごせる毎日を作ることはそのために必要だった――これは目的を実現するための手段だ。 だが、目的は変わらなかったが、ハルヒの力の自覚という状況が変化した。これにより、情報統合思念体はハルヒの排除に動く。 おっとハルヒだけではなく、この地球そのものを滅ぼすって事が重要だ。つまりハルヒの存在は、世界の安定には貢献しない。 むしろ害をなすものへと変わってしまった。なら手段は変わる。 「情報統合思念体――TFEI端末はこう言いました。涼宮さんが力を自覚した。だからこの星ごと抹消すると。 ですが、そんなことをされるのは勘弁願いたい。機関の主流派――いえ、機関全ての人間の意識は固まりました。 涼宮さんを排除して、情報統合思念体にはそれでこの星の破壊だけはやめてもらう。機関は情報統合思念体の役割の肩代わりを 申し出たんですよ」 その方法ってのがこの無差別砲撃とハルヒの暗殺か。 「ええ、その通りです。この星の抹消だけはどんな手段を使っても阻止しなければなりません。だから、機関が代わりに 涼宮さんとその影響下にある人間を抹殺するんです。幸い情報統合思念体はそれでも構わないと言ってくれたようですね。 ならば迷う必要なんてありません」 「影響のある人間……だと?」 「そうです。涼宮さんは無自覚かどうかは知りませんが、周辺の人に何らかの影響を与え続けています。 身近な例を挙げるなら、ほらちょうどここにいいサンプルがいるじゃありませんか」 古泉は両手を上げて自分をアピールした。ああ、なるほどな。ハルヒの影響を受けた人間――つまり超能力者もそれに 含まれるって訳だ。もちろん、俺の世界でいたあの中河のように、何だかしらんうちに影響を受けていた例もあるだろう。 情報統合思念体はハルヒだけに飽きたらず、そう言った人たちまで消さなきゃ気がすまんのか。 ……まさかそのために地球ごと抹殺しようとしているのか? 古泉はやれやれと手を振って、 「その通りです。もともと彼らにとって僕たち地球人類なんて大した価値を持っていないのでしょう。 逆に危険性が認められれば、一律削除が容易に可能と言うことです。そこまでする必要があるかどうかなんて考えずに、 全ての危険性を排除するために全人類の抹消を行うんです」 呆れてものも言えん。情報統合思念体ってのはそこまで冷酷非道なバカ野郎どもだったのか。 で、地球全滅だけは避けたいから、せめてハルヒ+その周辺の一般市民丸ごと虐殺で手を打ちませんか?って機関が 提案したんだな? ……もう一発ぶん殴って良いか? 「それは勘弁していただきたいですね。それにあなたは機関の決断に反発しているようですが、他に選択肢があったとでも いうつもりでしょうか? 機関は最悪の事態をさけるために、必死の思いでこの苦行を行っているんですよ?」 「こんな行為を受けいれられるほど、俺は落ちぶれちゃいないんでね……!」 古泉と俺のやり取りの間も、ハルヒは必死に砲撃を全て食い止めていた。だが、北高周辺から出れないのであれば、 こんな水際阻止を続けていても何の意味もない。ハルヒの体力もどこまで持つかわからないしな。 だが。 古泉――機関の決断とやらに、俺は反論できる材料は持っていない。あるのは世界のリセットだけだが、 それをばらすわけにも行かないのだ。そもそもそれは機関の世界の安定という目的とは明らかに乖離しているわけだし。 なら……どうすればいい? ………… ………… くそっ…… くそ、ちくしょうっ! 俺の無力さと頭の悪さを今ほど嘆いた時はない。 何も思いつかない。 逆に俺がハルヒとは何にも関わっていなかった場合、迷った上で人類全滅よりかは限定的大虐殺の方がマシだと 判断しちまいそうだ。 古泉は胸ぐらをつかんだままだった俺の腕を引き離すと、その場に力なく座り込む。 「いい加減、諦めたらどうですか? ここで仮に機関の攻撃をなんとかできたとしても、次に待っているのは 情報統合思念体による人類抹殺ですよ? どうやっても無駄なんです……何をやっても防ぎようがありません……」 完全に諦めモードか。ん、ちょっと待った。 「おい古泉。さっきハルヒの影響を受けた人間は全て抹殺って言っていたよな? それってお前も含まれるんじゃないか? それでいいのかよっ!?」 俺の指摘に古泉はすっと顔を下に向けて、 「機関からはあとで回収するって言われていたんですけどねぇ……。予定時刻はとっくに過ぎているんですが、 全くその気配はありません。これは担がれたと見るべきでしょう。僕もその抹殺対象リストにきっちり含まれていたと」 「お前……」 こいつも結局巻き込まれただけって事かよ。どっちかというと被害者か。そして―― 「あんたのやったことはいたずらに他人を巻き込んだだけだったってことよ」 ハルヒから図星を付かれる。 俺は全力で否定したくなったが、何も口が動かなかった。内心ではそうだと受け入れているからだろう。 疲れ切った足の重みに耐えきれず、俺も古泉の横に座り、 「すまねぇ……お前を巻き込じまって」 そんな俺の謝罪に古泉はその意味を理解できないようで、 「なぜあなたが謝るのでしょうか? どちらかというと僕の方があなたを巻き込んだようなものですよ?」 「違うんだ……それは違うんだよ、古泉……」 酷い脱力感。もう何もやる気がしない……なにも…… 「キョンっ!」 それを打ち破ったのはハルヒの一喝だった。見上げれば、ハルヒは仁王立ちで必死に砲撃の阻止に努めている。 そうだ。俺は何を諦めているんだ? まだ俺にはやれることがある。いや、こうなった以上、やることは一つしかない。 ハルヒによるこの時間平面のリセット。 「そうよっ! でもそれにはちょっと時間と準備がかかるわ! とてもじゃないけどこの状況じゃできそうにない。 だから一旦落ち着かせる必要があるの! だから協力して!」 「だが、何をすりゃいいんだ!?」 俺の問いかけにハルヒは、古泉の方を指差し、 「確認するけど、この攻撃は情報統合思念体と機関が協力して行っている、でいいのよね!?」 「え、ええ……そうですが……それが……?」 古泉はきょとんとした表情で答える。何をしようとしているのかわからないのだろう。当然だが。 「でもまだ何か隠している。そうよね!」 この指摘に古泉の表情が一変した。何だと? この状況下で一体古泉は何を隠しているってんだ。 ハルヒは続ける。 「こんな攻撃を続けていても、効率が悪い上に住民全部を抹殺なんて不可能だわ! だったら、これには別の意図があるってことよ! あたしの勘では、ただの陽動! 本当の攻撃手段は別にあるはずだわ! それにわざわざ外部と遮断して、さらに外側からはこの惨状が見えないようにしている! これには絶対に意図があるはず!」 「……どういうことだ、古泉!」 俺は再び古泉の胸ぐらをつかみ上げる。 もう俺の腹は決まった。ハルヒの時間平面のリセットを実行する。そのためには、これ以上の邪魔を入れるわけにはいかない。 古泉の顔は答えるべきか迷っているように見える。とにかく吐かせるしかない。 俺は何度も答えを求めて古泉に問いつめるが、一向に口を割ろうとしない。そんな中、ふと気が付く。 古泉がまだ時計を気にしていることに。迎えの予定時間は過ぎたって言うのに、今更何を…… 「そうか。この先に何かが起きるんだな? それも一瞬にしてお前らの手段を実現できる方法ってやつが!」 「……くっ」 これを指摘して、古泉はようやく勘弁したらしい。苦渋のうめきを漏らしつつ、 「考えてみてください。突然、街一つが消滅するような事態が起きれば、世界の人たちはその原因を知りたいと思いますよね?」 「ああ、そうだな」 「だから、納得できる理由が必要なんですよ。なぜこの惨劇が起きたのか、少なくても表面的な理由が」 俺は回りくどい古泉の説明に苛立ち、一発頬をぶん殴ると、 「それは何だと聞いているんだ! とっとと答えやがれ!」 「核ですよ」 古泉の回答は俺の脳内に激しくこだました。 核。核って核兵器のことだろ? あの大量破壊兵器。あれを使って町ごと吹っ飛ばす気か!? だが、ハルヒは意外と落ち着いた様子で、 「そんなことだろうと思ったわ。この砲撃はあたしを誘い出すための補強策って訳ね。この攻撃の阻止に夢中になっている間に どかんとやってしまおうと。危うく引っかかるところだったわ」 「その……通りです。冷戦崩壊に伴って行方不明になっていた核弾頭を機関の方で保管していたんですよ。 こういった事態がいつ起こっても良いように。事前砲撃は周辺から見えるわけにはいきませんからね。 そのためにTFEI端末の力を借りています。そして、核でこの周囲を一掃後、全世界には核によるテロが発生したと 発表して――それで終わりです。ああ、起爆予定時刻はあと五分後、いまさら解除は不可能ですよ? 僕はどこに仕掛けられているのかも知りませんから聞き出そうとしても無駄です。例え解除できたとしても、 次に待っているのは人類滅亡ですから余り推奨もできません。ハハハハ……」 古泉の表情は自暴自棄になっていることを伺わせた。そりゃそうだ。もうすぐ自分は死ぬんだからな。 もう何もかもぶちまけてやけくそになってしまいたいのだろう。 だが、礼を言うぞ。これでリセットのチャンスができた。 「ハルヒ! 五分でできるのか!?」 「十分よ!」 ハルヒは目を閉じて意識の集中に入る。情報操作――時間平面のリセット。現状、俺たちができることはこれしかなくなった。 古泉は状況が変わったことに感づいたのか、 「な、何をする気なんですか!? さっきも言いましたが、万一これを乗り切ったとしてもさっき言ったとおり……」 「古泉」 俺はうろたえる古泉の肩をつかんで顔を寄せる。 「まず謝る。巻き込んで済まなかった。お前をこんな目に遭わせたのは、ハルヒじゃなくて俺だ。 俺がそうハルヒにやれっていったんだからな。だから憎むなら俺を憎んでくれ」 「何を言って……」 時間がない。古泉の言葉なんて聞いている暇はないので一方的に続ける。 「その上で確認したい。お前はハルヒや俺と出会って過ごした日々はどうだった? 嫌々続けていたのか、それとも 機関の仕事だからと言う理由で無機質に付き合っていただけか?」 「……いえ。この際だから本音でしゃべらせてもらいますが――その間は自分の仕事も忘れるぐらいに楽しかったです。 いっそそのまま何も考えることなく、あなたや涼宮さんと一緒に楽しく過ごせたらなと思ったほどでした」 それだ、それが確認したかった。 同時に俺はハルヒの方へ振り返り、 「おい、ハルヒ! お前はどうだった? この数週間楽しかったか!?」 ハルヒはしばし考えたのかワンテンポ遅れて、眉をひそめたまま、 「ええ! そうよ! 久しぶりに楽しく過ごせたわ!」 そう言い返してきた。不満が篭もったようないいっぷりだったが、こないだ聞いた話から考えて本音と見て良いだろう。 俺もそうさ。SOS団のある元の世界に比べれば、1割にも満たない満足度だが、決してつまらない日々じゃなかったぞ。 再度古泉を向かって、 「約束させてくれ。絶対にこの罪滅ぼしはさせてもらう。俺の世界じゃ、お前――機関とも仲良くやっていたからな。 この世界も絶対にお前やその他もろもろがハルヒを一緒に笑って過ごせるものにしてやる。絶対の約束だ!」 俺の断言に、古泉は唖然と口を開いたまま言う。 「あなたは……一体誰なんですか?」 俺か? 俺はな…… 「俺はお前や宇宙人――情報統合思念体や未来人が一緒に仲良く共存している世界からやって来た異世界人さ」 そう宣言したとたん、ハルヒを中心に猛烈な強風が吹き始める。 いったんはさよならだ、古泉…… 世界が暗転し、俺の意識も闇へと落ちていった―― ◇◇◇◇ どのくらいの時間が経ったのだろうか。俺はひんやりとした床が方に当たっていることに気が付く。 目を開けてみれば視界に広がるのは、あの灰色の部屋、そしてどこに出もあるような教室の床。 そうか。リセットをかけてここに戻ってきたのか。ハルヒが潜伏場所にしている時間平面の狭間とやらに。 俺はゆっくりと起き上がった。 ふと気が付く。ハルヒが団長席――俺の世界ではだ――に突っ伏して眠っていることに。俺が起きたことに全く気が付かず、 可愛らしい寝息を立て眠りこけていた。あれだけの大仕事を一人でこなしていたんだから、疲れて当然か。 風邪を引くのかどうかわからんが、念のため制服の上着をハルヒの上に掛けてやった。 俺はパイプ椅子に座り考える。 結局の所、機関を作った世界は失敗に終わってしまった。これは認めなければならない。 しかし、古泉を俺たちの仲間内に引き込んだことは間違いじゃなかった。ただ時間がなかっただけで、 もっと時をかけて信頼を醸成していけば、必ず良い関係が築ける。 ――待っていろ古泉。絶対に楽しい日常が続く世界を作り上げてお前を仲間に引き入れてやるからな。 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム 「ねえ、キョン、学校生活において、もっとも重要なスーパーイベントって、なんだと思う?」 授業中、ハルヒがシャーペンで俺の背中をブスブスとつつきながら話しかけてきた。 「もし当たったら、何でも言うこと聞いたげるわよっ!ホラ、答えなさい!!」 「ハルヒ、確実に当ててやるから、前払いで言うことを聞いてくれ。シャーペンで突っつくな」 「あら、あたしが言うことを聞くっていったのは、ベッドでの話よっ。緊縛プレイだっけ、キョンがやりたがっていたのって?」 言ってねえよ、そんなこと!! うう、クラス中から突き刺さる視線が痛い。睨むな、谷口。笑うな、国木田。特に、涙を堪えるように、悲しげに俺を見つめる朝倉涼子の視線が、心の柔らかい部分を突き刺してくる。 やれやれ、お前が何を言いたいのかは分かってるさ、ハルヒ。およそ一年前からお見通しだ。 ちょうど、俺もそのことで頭を悩ましていたところなんだよ。 「わかんない?だったら教えてあげるわっ!キョン、それは――」 「……文化祭だろ」 「大正解っ!!キョン、もっと気合入れなさいっ!あたしたちSOS団は、すっごいのぶちかましてやるんだからっ!!」 ハルヒは、ソーラーカーがあれば時速160キロですっとんでいきそうなほどに、眩しく輝く笑みを浮かべて宣言した。 俺は、深い深い溜息をつく。垂直に立てれば火星にだって届きそうだ。 まあ、何とか頑張るさ。ハルヒを楽しませ、退屈させないのはSOS団長の務めだからな。 と、ハルヒが急にまじめな顔をした。 どうした、ハルヒ? 「……亀甲縛りって、どうやるのかしら?」 いい加減、緊縛プレイから頭を切り替えろ! 『ループ・タイム――涼宮ハルヒの溜息――』 夏合宿で行った孤島での殺人事件と推理ショー、花火大会にプールに虫取り、夏祭りなど、これでもか、いうほどにイベント山盛りの夏休みが終わる。 さらに、ハルヒ、長門、朝倉を筆頭としてSOS団メンバーが遺憾なくその身体能力を発揮し、大活躍した体育祭も終わった。 そして、ハルヒが言うところの、学生生活、最大のスーパーイベントである、文化祭がやってくる。 といっても、俺と長門にとっては二回目の文化祭だ。ハルヒの超自然的パワーのせいで、俺たちは同じ一年を繰り返しているためだ。 ハルヒの起こした時間ループの原因は、一体何なのか?その鍵は、一向に見つかっていない。 ともあれ、ハルヒがやり残したことが分からないために、俺と長門は、少なくとも去年のイベントは、余さず実行しようと誓ったわけだ。 そういうことで、俺たちSOS団は、決められたイベントを忠実に実行し続けている。 さて。 その文化祭であるが……どうしたもんかね? 『映画の製作』 やはりそれか、長門。 『それが妥当と思われる』 まあ、予想はしてたがな。なんたって、ハルヒが去年、映画をとりたがってたんだから。今年も映画は撮るべきだろう。 『……だが監督は私』 意味ねえだろ!お前が映画を撮りたがってどうするんだ。 『問題ない』 ハルヒが監督をやりたがったらどうするんだ?あいつ、絶対に、「監督はあたしよっ」とか言い出すぞ。 『……私に秘策がある』 なんだ?その秘策って。 『言えない。……秘策だから』 電話が切れた。 「映画の製作を行う」 コンピ研の部室を乗っ取り、あまつさえ文芸部室とコンピ研の間にある壁を工事でぶち抜いて広げ、コンピ研部員たちを、物置と化していた教室に追いやったことで広くなったSOS団の部室である。 文化祭に向けて、俺は『第一回SOS団文化祭企画会議』を招集していた。 いつものように、おのおのコスプレに身をかためた女性陣と、変わらぬ制服姿の古泉と俺が、一様に神妙な顔で巫女さん衣装を着た長門の宣託を聞く。 エアーズロックのごとく揺ぎ無い長門の言葉に、一同反論も出ようはずもない。 団長である俺もしかりだ。完璧にリーダーシップをとる長門の前では言葉もない。 ……長門、もしかして、SOS団団長の椅子を狙っているのか? いつでも譲るから、欲しくなったら即言ってくれ。 「自主制作映画ですか……なるほど」 いつものように、わかったような面で古泉が頷く。一体なにがなるほどなんだ?一度じっくり聞いてみたい気もする。 「ふうん、映画ね……いいじゃないっ、あたしはもちろん――」 バン ――と長門が机に分厚い冊子を置き、バニーガールに扮したハルヒの言葉を断ち切った。 「脚本」 手回しがいいな、長門。人数分がコピーされて、冊子の形でホッチキスでとめてある。団員たちは脚本をそれぞれ手に取った。俺も一冊をメイド姿の朝倉涼子から受け取り、パラ、とページをめくる。 「…………」 はっきりと言おう。俺は頭を抱えたね。 表紙をめくって、最初に目に飛び込んできたページには、こう書いてあった。 製作著作…SOS団 総指揮/総監督/脚本/演出/撮影…長門有希 主演女優…長門有希 主演男優…キョン 助演男優…古泉一樹 脇役…朝比奈みくる 監督どころじゃねぇ!!ほとんどが長門じゃねえか。 主演女優…長門有希、脇役…朝比奈みくるってのは、主演女優を朝比奈さんに取られ、脇役に甘んじた去年の復讐か?一年間、仕返しの機会を伺っていたとは……。 いや、大事なのはそこじゃない。それよりなにより……。 ♪ ジャーンジャンジャジャン ジャンジャジャン ジャンジャジャン ♪ 宇宙一凶悪な剣士、ダース・ベイダー卿のおなじみのテーマが部室に流れる。古泉の「機関」連絡用携帯の着信メロディーだ。 「アルバイトが入りました」 電話を取った古泉が、うっかりエアロックをあけてしまって、真空中に放り出される宇宙船の乗組員のように、猛烈な勢いですっ飛んでいった。 超巨大閉鎖空間が誕生したことはまちがいないな。お疲れさん。 俺は、おそるおそる、ちらりとバニーガールの方を見てみる。 ハルヒからは、親友の地球人を凶悪な宇宙人にばらばらにされた戦闘民族のような、巨大な怒りのオーラが放たれていた。 露出の激しいバニーさんは、ポンペイを灰で埋めたベスビオス火山のように、こみ上げる怒りで体をぶるぶると震わせている。 その横では、やはり自分の名前をキャストの中に発見できなかった、部室専属のメイド朝倉涼子が、グランド・キャニオンに突き落とされたように、がっくりと落ち込んでいる。 やばい、朝倉の瞳が潤んで、今にも大粒の涙の雨が降りそうだ。 「こら、長門!ハルヒと朝倉の名前がないってのは、どういうことだ!?ちゃんと説明しろ!!」 巫女さん衣装の長門は、俺のセリフには無言のまま、つと立ち上がると、とことことハルヒと朝倉の所まで行き、ごにょごにょと何ごとかを囁いた。 途切れ途切れに、「……目立つ」とか、「……サプライズ」といった言葉が聞こえる。 すると、ゲージのてっぺんにまで上りつめて、そろそろ溢れそうになっていたハルヒの怒りは次第におさまっていった。 絶望のどん底からレスキューのヘリで救出されるように、朝倉の落ち込んでいた気分も回復していく。 「なるほどね……ま、じゃあ仕方ないわね!有希、キョン、映画は任せるわっ!あたしと涼子は、他にやることがあるからっ!!」 ハルヒが満面に、とびきりの笑みをたたえて言った。 「うん、クラスの方もあるけど……何とかやりくりしてみる」 朝倉もにっこりと笑顔をうかべて頷く。 うーむ、すごいな。長門、どんな魔法の言葉を使ったんだ? 「それは秘密」 さて、朝倉が「クラスの方」といったのは、もちろんのことだが、俺とハルヒ、朝倉が所属するクラスの出しもののことである。 ちなみに去年は、誰一人リーダーシップを発揮せず、何の案も出されず、担任岡部の苦肉の策、アンケート調査といういかにもヤル気が感じられないものに落ち着いたが、今回はそうはなるまい。 SOS団が誇る生粋の美人委員長、朝倉涼子が率先して仕事を行っているからだ。 現在、ホームルームで、文化祭でなにをやりたいか、提案と投票が行われている。 「はーい、喫茶店、やりたいのね」 「えっと、阪中さんの提案ね……喫茶店と。他には、なにかあるかしら?」 教壇に立っている朝倉涼子は、黒板に「喫茶店」ときれいな字で書いた。朝倉なら、SOS団の書記も任せられそうだな。? 「決めたわっ!」 ハルヒがルビコンの渡河を決断したカエサルのような面持ちで、決然と立ち上がる。いや、これから決めるんだよ、アホ。 「バニー喫茶よっ!女の子は全員、バニーの格好でウエイトレスやるの!」 おおおお、と男子がどよめく。これまた、男子の煩悩を刺激する企画だな……。 「え、えと、バニーガール喫茶ね……」 朝倉が顔を赤らめながら黒板に書いた。 「うおお、それでいいぜ、決定だー!」 吼えるな、谷口。谷口だけじゃない、男子一同、目がウサギを狩るハイエナのようにぎらぎらと燃え立っている。 ……だがな、俺はちょっとハルヒと付き合いが長いせいで、お前たちより、もう少し勘が働くんだよ。 「ハルヒ、女子はバニーとして、男子はどんな格好をするんだ?言ってみてくれ」 「決まってるじゃない、男子もバニーよ!バニー喫茶なんだからっ!」 やはりな。 ええええ、と男子がどよめく。お前ら、世の中はそんなに甘く出来てないんだよ。 結局、バニー喫茶に投票したのは、ハルヒと谷口の二人だけだった。 谷口、その執念だけは尊敬したい。 ……というわけで、我らがクラスの出し物は、喫茶店で決定した。 そういえば、長門のクラスは何をやるんだ?また占いか? 『そう』 ふうむ。あの魔法使い衣装か。 『違う。今回は、巫女の衣装を着て、御神籤を引かせる』 ああ、そっちの方が占いらしい雰囲気がある。なんというか、前回のは、ありゃ予言だったからな。 ……あー、あと、もうひとつ。頼みたいことがあるんだ。 『なに?』 ENOZのことだ。ハルヒもクラスの喫茶店に参加するから、去年みたいにENOZのライブに飛び入りは難しいと思うんだ。 ハルヒが教室でウエイトレスをやってたら、生徒会やENOZの面々に会わないだろ。 なんとか、ENOZがオリジナルメンバーで演奏できるようにしてやれないか? 『可能。一時的に肉体損傷の修正プログラムを注入する』 頼んだぜ、長門。 電話を切る。 そのとき、ふと思った。 ハルヒの演奏姿が見られないのは、少し、残念だな。 あんときのハルヒは、すごくかっこよかったから。 映画の撮影が始まった。 休日の学校でロケを行うために、俺と朝比奈さん、古泉、そして総監督にして主演女優、長門有希は、SOS団部室に集合した。 「今日はアクション・シーンの撮影を行う」 そう長門は言った後、おもむろに高速で呪文を唱えだした。おい、ハルヒがいないからって、いきなりそれか。 閉鎖空間に入ったときのように、奇妙な感覚が、一瞬、体を通り過ぎる。 「この空間を情報制御下においた。これで、私たち以外は立ち入り出来ない。撮影に専念することが可能」 俺は長門の呪文も、空間の情報操作も見慣れているが、古泉と朝比奈さんはぽっかりと口をあけて唖然としている。 そういえば、このループではカマドウマ事件がなかったからな。長門の超能力を見る機会はそうなかったはずだ。 ……………… 「小道具」 続いて長門が持ってきたダンボール箱にはいっていたのは、大量のモデルガンだった。ためしに一つを取り上げて持ってみると、重量感があって、手にずっしりと来る。 すごいな、まるで本物みたいだ……。 「ふあ、すごいですぅ……ここが引き金ですか?……えいっ」 パンッ 乾いた音とともに、朝比奈さんが反動で吹っ飛んで尻餅をついた。 「ふえぇ……なな、なんですかこれぇ……なんなんですかぁ……」 朝比奈さんはおびえたハムスターのように、ふるふると震えて泣き出してしまった。 おそるおそる見ると、壁には、まごうことなき弾痕が…… 「それは本物」 うぉい、長門おーっ!!!なにやってんの!! 「リアルな映像を追求したい」 ふざけんな、こんなの喰らったら死ぬぞ。お前は平気でも、俺たち地球の有機生命体は間違いなく死ぬぞっ!! 「大丈夫、安全。あなたたちの痛覚を遮断し、瞬間的に肉体損傷を回復するプログラムを注入すれば、痛みは感じないし、死ぬこともない」 それって、痛くないし、すぐに治るから死なないけど、弾を食らって怪我はするってことだよな。 長門、はっきり言って、朝比奈さんも古泉も全力でひいてるぞ。 俺は朝比奈さんの横に屈みこむ。朝比奈さん、大丈夫ですか? 「ぐすっ……腰が抜けて……立てませぇん……」 もしや、今のSOS団でもっとも危険な人物って、長門なんじゃないのか? ……………… 銃撃戦とカンフーシーンの撮影がすべて終了するころには、夕方になっていた。 長門さん、あなたがカンフーシーンで回し蹴りを放つたびに、スカートの中がばっちり映るように思うんですが、それは仕様ですか? 学校は、度重なる銃撃シーンのせいで、いたるところが弾痕だらけとなって、膨大な数の窓ガラスが割れている。だが、それも長門の高速呪文による再構成で、あっという間に元通りとなった。 やれやれ。疲れた……カンフーで古泉と戦ったせいで、体中が筋肉痛になりそうだ。 帰り道に、俺がそう言うと、長門が俺の顔を覗き込んだ。 「大丈夫?」 長門は、俺に近寄ると、背伸びをして、いきなりほっぺたに軽くキスをした。 わ、な、なんだ、長門?ひょっとして、筋肉痛を回避するプログラムの注入か? 「……おまじない」 注視していないとわからないぐらい微かに顔を赤らめて、小走りで去っていく長門を、俺はぼんやり見つめていた。 ……………… 翌日、強烈な筋肉痛が俺の体を襲った。 激しい戦闘シーンの撮影は終わり、長門と俺の会話や、古泉の登場シーンなどの撮影をこなしていたある日、撮影現場にひょっこり朝倉涼子が顔を出した。 「撮影、お疲れ様。キョンくん、ちょっといい?」 どうした、朝倉?そういえば、ハルヒとお前の方は、いったい何をやってるんだ? 「ふふ、まだ秘密。そのうち分かるから……ねえ、今夜、ちょっとうちに来てくれない?喫茶店で出すメニューの試作をしてみたから、食べて欲しいの」 ああ、クラスの出し物があったな。分かった、じゃあ、一緒に帰るか。 「うん、じゃあ、また撮影が終わったころに来るね」 朝倉涼子は、そういって引っ込んでいった。 ……………… 帰り道、朝倉はなんだか落ち着かないみたいだった。顔をほのかに赤くして、下ばかり見ている。 時々、顔を上げて、何か言いたそうにするのだが、俺と目が合うと、あわててまた下を向く。 結局、マンションに着くまで、朝倉は一言も喋らなかった。 ……………… 「これ、喫茶店のメニューなの。コーヒーと、お紅茶。あと、サンドイッチ。本当は、ケーキにしたかったんだけど……」 いや、うまいぞ。十分うまい。すごいうまい。 夕食前で、臨界点まで腹が減っていた俺は、思わず朝倉手製のサンドイッチを貪り、紅茶とコーヒーを胃に流し込む。 「そお、良かった……キョンくん、ちょっと待っててくれる?その……、私、ちょっとシャワー浴びて、着替えてくるから」 朝倉は立ち上がると、少し頬を染めて部屋を出て行った。すっとドアの向こうにきえる白い靴下が、なんだかまぶしくて、俺は妙にどきどきしてしまった。 いかんいかん、素数を数えろ、冷静になれ。 59まで数えて心を落ち着けていたとき、朝倉のベッドの脇においてあるシンプルな写真立てが目に入った。 夏休みにおきた、合宿での孤島殺人事件、そのときの写真だ。 たしか、古泉のお仲間、メイドの森さんが撮ってくれたんだな。 俺の腕を取って、笑顔が満開のハルヒ。ふわふわとほほえむ朝比奈さん。 例の如才ないハンサムスマイルを浮かべる古泉。特に表情を作らない長門も、なんだか楽しそうに見える。 片手をハルヒに掴まれ、その上、妹に後ろから抱きつかれて、困惑している俺。 そして―― 朝倉涼子が居た。 白いワンピースを着て、横を見ながら少し困ったように微笑んでいる。隣の俺が、妹に飛びつかれた拍子に、朝倉に体を寄せているからか。 ……そういえば、この頃からだろうか、朝倉が髪形をポニーテールにしなくなったのは。 あれ? 俺はふと思った。 同じ写真は、俺も持っている。だが、妹を背中から下ろして、森さんに撮り直してもらったやつだ。 そっちの写真では、朝倉はカメラを見てにっこりと笑っていたし、俺も朝倉にもたれかからず、ちゃんとまっすぐ立っていた。 なぜ、朝倉は、どう見ても失敗したほうの写真を飾っているのだろう? そう思うと、なぜか胸がちくりと痛んだ気がした。 ……………… 「キョンくん」 おわ、びっくりした。ドアから顔だけ出して、朝倉がこっちを見ていた。シャワーを浴びて、上気したような顔をしている。 まさか、下はバスタオル一枚なんて、そんなベタなことは断じてあるまいが……。 「あの……ちょっと恥ずかしいから、目をつぶっててくれないかな?」 まてまてまて朝倉っ――と言おうとして、朝倉がドアを開けたので、あわてて俺は目を固く閉じる。 ま、まさか、ホントにバスタオルだけとか……。 急激に頭に血が上った。やばい、自分の顔が真っ赤になるのが分かる。 「はい、いいよ。目、開けてみて」 俺は、恐る恐る目を開ける。 そこに居た朝倉は―― もちろんバスタオル一枚でも、一糸まとわぬ姿でもなかった。 「それ……喫茶店のウエイトレスの衣装か?ひょっとして」 朝倉は、顔を赤くして頷く。 「作ってみたの。今日は、これの感想も聞こうと思って……」 「…………」 はっきりと言おう。すごい、いい。正直、たまりません。 黒を基調とした上下に、白のエプロンにはレースで縁取りがされている。胸元には大きなリボン、頭にもレースの髪飾りをつけている。 「ちょ、ちょっと、スカート丈が短いかな、ってあたしは思うんだけど……」 朝倉涼子は、太腿が露になるのが恥ずかしそうに、ぎゅっ、ぎゅっ、とスカートの裾を下に引っ張る。 「いや、すごくいいぞ。似合ってる」 俺がそう言うと、朝倉は、赤い顔でにっこりと微笑んだ。 「よかった、気に入ってもらえて……ありがと、キョンくん」 いやいや、こちらこそ眼福です。 ……………… 朝倉は、とすん、と俺の側に座った。 触れるか触れないか、というぐらいに、俺の肩に寄りかかる。俯いて表情は見えないが、首筋がほのかに赤くなっているから、きっと顔を紅くしているのだろう。 なんとなく緊張して、俺はあわてて話題を探した。 「……あ、朝倉、そういえば、なんでポニーテールやめたんだ?」 朝倉は、ゆっくり顔を上げて俺の方を見る。その表情は、なんだか泣き出しそうなのを、無理に押し殺したような無表情で、指でつつくと、すぐにも壊れて涙が零れそうだった。 「……ほんとはね、気がついてるの。キョンくんと涼宮さんの間に入るなんて無理だって……」 いきなり、爆弾だ。 「ポニーにしてると、どうしても自分と涼宮さんを比べちゃうから……それが嫌だった。だから、前の髪型に戻したの」 むりやり作ったような笑顔を、朝倉は俺に向ける。 「でもね、諦めたわけじゃないよ?あなたと涼宮さんの間に割って入って、涼宮さんの居る場所に立とうとするのをやめただけ。……私は、反対側で、あなたと寄り添っていようって……思って……」 手、つないでいい?と聞く朝倉に、俺は黙って頷いた。 朝倉は、自分の指を俺の手に絡めて、しばらくじっと握っていたが、やがて、抱えたひざに額を寄せて俯くと、押し殺した声で静かに泣き始めた……。 「……遅かったじゃない」 俺が朝倉のマンションから帰って、自分の部屋に入ると、ベッドに寝転んでいたハルヒが、俺めがけて言葉を投げつけた。 ……ハルヒ、なんでここにいるんだ? 「あんたが居なかったから、妹ちゃんに言って待たせてもらったのよ。あんた、どこ行ってたの?」 ベッドから跳ね起きたハルヒが、俺に詰め寄る。 こういうとき、ハルヒに隠し事をしても無駄であることは、俺は経験上痛いほど分かっていた。 正直に朝倉との一件を話すと、ハルヒは、なんだか間違えて変なものを飲み込んだような、なんとも複雑な表情をして、ふぅん、と言った。 「分かった……誰が悪いわけでもないもの、何も言わないわよ」 なんだか、ハルヒが大人になったような気がする……一年前なら、縛り首にでもされてそうだが。 「でも、もう涼子のこと泣かしちゃ駄目よ、あの子、すっごくいい子なんだから……」 ふう、とハルヒは溜息をついた。やっぱりこいつも朝倉のことが好きなんだろう。 「……全力を尽くすよ」 「それに、あたしだって、キョンが居なくなったら泣いちゃうから。三日三晩ワンワン泣いて、涙を拭いて、新しい人生を歩き出すから」 あ、立ち直るんだ。 「嘘よ。とにかく、キョン、心に刻みなさいっ、あんたがいなくなるなんて、絶対に嫌だからっ!」 言い終わると、ハルヒは俺の首に手を回して、ゆっくりと口付けした。 「ん……ぷはっ」 ところで、ハルヒ、何しにきたんだ? ハルヒは、顔を真っ赤にさせて、嬉しそうに呟く。 「エッチ」 やれやれ。 ………………… 「キョン、すっごい気持ちよかった」 ……俺もだ。 俺の腕を枕にしていたハルヒは、布団を跳ね除けて起き上がる。 「第六ラウンド、行くわよっ!!」 全撮影日程が終了し、現在、長門の手によるCG処理と編集作業が行われている。 コンピ研とのゲーム対戦で見せた、長門の超高速タイピングを見るのは久しぶりだ。キーボードが壊れるんじゃないかというスピードで、長門はCG処理を施していく。 古泉と朝比奈さんは茫然自失して、目が点になっている。まあ、気持ちはわかるよ。 それにしても、さすがにコンピューターはお手の物だな。下手すると、本当にハリウッドから長門にスカウトがくるんじゃないか? 俺と古泉、朝比奈さんは、撮影が終わった時点でお役ごめんとなり、ぽかんと口をあけて長門の編集作業を見守るのみだった。 ちなみに、古泉が俺の撃った銃弾をすばやく避けたり、古泉が長門のまわし蹴りを食らったり、古泉が長門によって銃で撃ち抜かれたりするのは、すべて実写である。 ものの一日で、長門はCG製作及び編集作業を終えた。 やれやれ。あとは、文化祭を待つばかりだな。 で、文化祭、当日である。 俺とハルヒ、朝倉の三人は、午前中はクラスの喫茶店の仕事に追われていた。 ハルヒは俺のウエイター姿に爆笑し、ひーひー床を転げてた。おい、パンツ見えるぞ。あ、白だ。 こっちも笑ってやりたいが、残念ながら、ハルヒのウエイトレス姿は完璧に決まっていた。 朝倉と二人で立つと、それだけで神々しさに、この空間に光が満ちるようだ。 こりゃ、朝比奈さんところの焼きソバ喫茶のウエイトレスと、グッドデザイン賞を争うな。 谷口と国木田も、全てを忘れて二人をぽかんと見つめている。 ときおり、思い出したように、俺を恨めしそうにギロリと睨み、またデレデレと二人の美少女ウエイトレスに見入っている。 「お飲み物は、お紅茶ですか、コーヒーですか?」 首を傾げてオーダーをとる朝倉。実に可憐だ……。SOS団部室での朝倉のコスプレは、メイドからウエイトレスに変更して欲しい。 「ほら、サンドイッチよ、さっさと金をよこしなさいっ!!」 ハルヒ……黙っていれば完璧なんだが……。 「キョンよぉ……マジで羨ましいぜ……あの涼宮が恋人で、朝倉が専属のメイドだろ?ちくしょう、頼む、俺もSOS団とやらに入れてくれっ!」 「長門さんは巫女さんなんでしょ?ぜひ間近でみたいなぁ。キョン、僕の入団も、考えておいてよ」 やれやれ、谷口。国木田。 「なんだ?」「なに?」 「お前ら、仕事しろ」 ようやくシフトが終わり、俺たちSOS団のメンバーは、クラスの仕事から解放された。 「キョン、二大美女がいなくなったら、売り上げ、がた落ちだぜ」 と言った谷口が、怒り狂った女子達にボコボコにリンチされる間に、俺は制服に着替えて教室を出た。 ハルヒと朝倉は、シフトが終わったと思ったら、どっかに消えている。 さて、長門と古泉、朝比奈さんのところに顔を出して、体育館に行くか。 ENOZのライブがある。長門、ちゃんとオリジナルメンバーで公演できるようにしてくれたか? 「……引いて」 適当に棒を引くと、13番だ。やれやれ、いきなり縁起が良くない。 ちょこんとした巫女さん衣装に身を包んだ長門は、御神籤をとりに棚までいき、そこでしばらくごそごそやっていると、13番の御神籤を持ってきた。 長門が持ってきたのは、御神籤というか、普通の紙にたった一言、 『大吉』 とだけ書いてある。うーむ……この筆跡には覚えがあるんだが……。 「長門、書き直さなくてもいい。ホントはなんだったんだ?」 長門は、ばつが悪そうに、後ろ手に隠していた御神籤を差し出す。うむ、やはり大凶か。 『たすけはこず、まちびときたらず、たびはよせ、さがしものはなんですか』 この御神籤を作った奴、ふざけているとしか思えない。 「引きなおす?」 長門が俺の顔を覗き込む。 「なに、いいさ」 教室に持ち込まれた鉢植えの木の枝に大凶の結んで、なんとなくさっぱりして教室を出た。 古泉は、一年前と同じく、なんだかよく分からん劇のなんだかよくわからん役をやっていて、女子たちの憧れの視線を集めている。 古泉が俺に気付いたかは分からんが、軽く手を振って教室を出た。どうせENOZのライブで会えるだろ。 「あっれー、キョンくん!みくるならいないにょろよ?」 あれ、そうなんですか、鶴屋さん。 残念、朝比奈さんのウエイトレスのお姿を目に焼き付けようと思っていたのだが。 「まあ、あたしじゃ、みくるには敵わないけどねっ、どう、めがっさ似合ってると思わないかいっ!?」 ええ、それはもう。実に素晴らしいですよ、鶴屋さん。 「あっはははははは、ありがとっ!またSOS団にお邪魔するからねっ!!そんときはヨロシクッ!!」 体育館に着いたとき、演奏していたのはDMCもどきのバンドで、「SATUGAIせよ!SATUGAIせよ!」というフレーズが客の少ない体育館に響いていた。 確か、ENOZの出番は次だ。 やがて、DMCが人文字を作って退場し、ENOZメンバーが入ってくる。 一人……二人……三人……四人。 よかった、ちゃんとみんな揃っている。長門はきちんと仕事をしてくれたようだ。 ENOZのオリジナルメンバーの歌を聴くのは初めてだ。ハルヒがやったときも、曲と歌詞に感動した記憶がある。楽しみだ。 ………………… 一言で言うと、うん、すごく良かった。 やっぱり、なんだかんだ言って、四人の息がぴったり合っている。それに、みんなすごく楽しそうで、とてもリラックスしていた。MCでも冗談を飛ばし、観客を沸かせていた。 まあ、一年前、ハルヒがカチンコチンだったのは仕方ないさ。飛び入りだったんだからな。 観客たちは最高に盛り上がっていたが、はて、俺がいまいち乗り切れなかったのは、なんでだろう? ――などと考えるまでもない。一年前、ライブをやって、満足したような、でもどこか不満だったような、複雑なハルヒの顔を思い出していたからだ。 そして、今年は、そんな興奮を、ハルヒに経験させてやれなかったからだ。 ……来年は、SOS団でバンドでもやるか。 俺は心の底からそう思った。 ハルヒに思いっきり歌わせてやりたい。案外、それが原因でループになっているのかも知れないな。 『これで、体育館公演のプログラムを終了いたします……』 アナウンスが響く。やれやれ、これで今年の文化祭もお終いだ。 瞬間、体育館の照明が消えた。 真っ暗になった体育館に、観客たちの混乱したどよめきが響く。 どういうことだ、なにが起きた? そのとき、俺の頭の中で、いくつかの光景が高速でフラッシュ・バックした。 ハルヒに耳打ちする長門。頷くハルヒ。「サプライズ」というセリフ。ハルヒの満開の笑顔。 そこに、長門の持ち出したダンボール箱に入った大量の銃器の映像が割り込んだせいで、俺の背筋は凍りついた。 まさかとは思うが……体育館の占拠?立てこもり?銃撃戦?亡命? SOS団で独立国を作るために、ハルヒが武装して体育館の観客を人質に取ったとか? 『えー、テス・テス・テス』 そのハルヒの声が、体育館に響いた。 『あんたたち、この体育館は、私たちSOS団が占拠したわっ!!立ち上がって、後ろを向きなさいっ、いい、逆らったら死刑よっ!!』 ハルヒ、やめろ、やめてくれ、犯罪だけは洒落にならんぞ。 観客たちははなんのことやら飲み込めずに、ざわざわと後ろを向く。俺も後ろを振り返った。 スポットライトがあたり、体育館の後ろにステージが照らし出される。 おかしい、こんなステージなかったはずだ。 そして、ステージの真ん中に立っているのは……赤いコスチュームのバニーガールだ。マイクを握り締めて、緊張のあまりプルプルと小刻みに震えている。 『み、みなさんっ、これから、SOS団による、ゲゲゲリラ・ライブを行いましゅっ!!司会は、赤いバニーの、私、あああ朝比奈みくるですっ』 朝比奈さん、なにやってるんですか!? 観客は巨乳のバニーガールに、ただ呆然としている。 『ふえ、ええと、バンド名は……バニーズですぅ!!』 その言葉と同時に、バニーガールたちがステージに上がってきた。 『く、黒いバニーさんは、涼宮ハルヒさんですっ!』 ハルヒが大きく手を振りながら登場する。その抜群のプロポーションに、観客の温度が、一気に五度は確実に上昇した。黒いバニーガールは、手に持ったギターをぶんぶん振り回している。 『白いバニーさんは、な、長門有希さんです!』 とことこと出てきた長門は、真っ白のバニーコスチュームに身を包んでいる。やばい、可愛い。 ハルヒに歓声を送ったのとは違う趣味を持つ観客層が、うおおおおおと怒号を発する。 やはり長門の担当はギターか。あの超絶テクを披露したら、観客たちは度肝を抜かれるだろうな。 『ブルーのバニーさん、朝倉涼子さんですぅ!』 女子たちが黄色い歓声をあげた。朝倉は自分の着ている露出度の高いバニーコスプレに、顔が茹でたロブスターのごとく真っ赤だ。 ハルヒに劣らぬ完璧なプロポーションと、恥らう顔のギャップがたまらない……はっ、何言ってるんだ、俺は。 朝倉は、ベースを持っているようだが……まだドラムが登場していない。朝比奈さんってことはないだろう。マイクを握る反対の手で、タンバリンを握り締めている。 鶴屋さん?まさか、さっき会ったばかりだ。 古泉だったら帰ってやる。断固として帰ってやる。 『グリーンのバニーさんは、特別ゲストですっ!』 その人が、微笑みを浮かべてステージに上ってきた。露出の激しい緑のバニーガール。 ああ、なるほど。 やれやれ。この人なら、超絶ドラムテクが期待できそうだな。 『喜緑江美里さんっ!!』 ………………… 五人のバニーガールが勢ぞろいしたところで、ハルヒが自分の前のマイクで喋りだした。 『こんにちは、バニーズですっ!!』 観客は、既に熱気に包まれている。ハルヒは、嬉しそうに頷く。 『さあて、早速だけど、一曲目行くわよっ!オリジナルつくる暇がなくてカバーだけど、耳の穴かっぽじってよーく聴きなさいっ!「LETTERBOMB」!!』 長門のギターの轟音が響く。アップテンポのイントロ。ハルヒが、すう、と息を吸って、叩きつけるように歌いだした。一気に観客が歓声に包まれる。 「いやあ、実にうまいですね。素晴らしい」 古泉、いつの間に居やがった。 「おや、あなたがぼんやりと口をあけてステージを見ていた、さっきから居ましたよ。 ああ、あのステージの設置は大変でした。コンピ研の部員さんたちと僕が、かりだされて作ったんです。 直前まで、長門さんの情報操作で屈光シールドを張って隠していたんですよ」 お前も一枚かんでいたのか。とすると、SOS団でこのライブのことを知らなかったのは俺だけじゃないか? 「その通りです。なんといっても、サプライズ企画ですからね」 だからって、同じSOS団メンバーに隠すこともないもんだ。 古泉は、やれやれといった表情で、肩をすくめる。 「おやおや、皆さん、別に観客を驚かせるためにやっていたわけではありませんよ。もちろん、驚かせたかったのは……ま、それは本人達から聞いてください」 無性に古泉を殴りたくなった。いや、別に怒ってなんかいないさ。 単に、めちゃくちゃ嬉しくて、それが気恥ずかしかっただけだ。 ………………… あっという間に、ライブの時間は過ぎていった。ハルヒも、朝倉も、長門と喜緑さんも、タンバリンを叩いて踊っている朝比奈さんも、みんな実に楽しそうに演奏していた。 ああ、ハルヒは、こういうバンドをやってみたかったんだろう、きっと。 だが。 ふと考える。これが、ハルヒのループの鍵になっているとしたらどうなる? 時間が戻って、俺たちは、SOS団活動二年目の春にスキップされるのか? そのとき、朝倉はどうなるのだろう? 朝倉涼子は消えちまうのか?ここにいる朝倉は、長門がこの世界で再構成したのだから、普通に考えればそうだ。 あるいは、この一年で、やり残したことをやって満足したハルヒが、世界を崩壊させちまうかもしれない。 はたまた、このメンバーのままで、二年目に突入するのかも知れない。 ……そうであって欲しい。 俺は、そうなることを、祈らずにはいられなかった。 お前も、そう思わないか、ハルヒ? ………………… 『さて、そろそろ最後の曲よっ!!』 観客からあがる、ええええという不満の声。 『文句言わないっ!!また来年やるから、そのときに会いましょっ!!じゃあ、ラストソング!』 ハルヒが曲名を叫ぶ。 有名な曲だ。音楽を大して聴かない俺でさえ知っている。 観客からも大合唱がわき起こった。 そう、たぶん。 俺なんかに、お前を救えるかは分からないけどな。 結局のところ―― ここがループする時間の中を彷徨う、俺たちの終着地点なのかもしれない。 『おしまいっ!!……ふう、どう、驚いたでしょ?キョン!』 歌い終わったハルヒが、満足そうに付け加えた。 『愛してるからね、キョン。じゃ、おーばー♪』 ともあれ、後日談はささやかなものだ。 長門がコンピ研の活動として製作していた、「The Day Of Sagittarius4――Ender’s Game――」が、めでたく全国で一斉に公式発売の運びとなった。 「The Day Of Sagittarius3」とは比べ物にならない、豪華なグラフィックスと大規模な宇宙戦闘を売りにした、宇宙戦略シュミレーションゲームである。 発売元は、長門が裏で社長を務める「サイレンス」だ。サイレントユキの賞金を元に、株式で利益を上げて立ち上げたらしい。 ………………… で、今日が、その発売日。 さっきから俺が駅に向かって急いでいるのは、こういう訳だ。 「おっそい、キョン!!もうみんな来てるわっ!さあ、有希が作ったゲーム、みんなで買いに行くわよ!」 ハルヒが俺の腕をつかんで、ズンズン歩き出す。 やれやれ、そう、ハルヒの言うとおりだ。 SOS団、みんなで。 俺の隣で、長い髪を揺らして、朝倉涼子がにっこりと微笑んだ。 おしまい 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 ループ・タイム
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「キョン、キョン! しっかりして! 谷口も怪我しているじゃない!? 大丈夫なの?」 「俺は大丈夫だ。谷口の方がまずい。早く連れて行かないと」 「ならあの人たちのところへ連れて行って!」 ハルヒが指さした方――丘の麓を見ると、ヘリが数機着陸してそこからわらわらと兵士たちが降りていた。 さすがに手際がよくて助かるよ。 俺は何とか谷口の手を肩にかけさせ、ゆっくりと丘の下に向かって歩き出す。俺の足も相当酷くなってきていたが、 古泉が支えてくれるおかげで何とか歩くことができた。 「キョンよぉ……終わったんだよな……全部……あの子に逢えるんだよな……」 「ああ、そうだ谷口。全部終わったぞ。これでお前にとっては完膚無きまでハッピーエンドだ」 意識が朦朧としているのか、はっきりしない口調で話す谷口を、俺は必死に励ました。 もうちょっとだ。がんばれよ谷口。 ほどなくして、丘の下までたどり着く、そこでは兵士たちが俺たちをじっと取り囲むように見つめていた。 その視線からは敵意なのかなんなのか読み取れない。 思わず俺は朝比奈さんに背負われているハルヒの手を握った。 「キョン?」 そんな俺にハルヒは不思議そうな視線を向けてくる。 機関の流した偽情報のおかげで、ここにいる全員がハルヒを憎んでいるかも知れない。ひょっとしたら、怒りにまかせて 襲ってきたりするかも知れん。だが――例えそうなろうとも、俺はハルヒを守ってやる。朝比奈さんも長門も古泉も谷口もだ。 そんな微妙な空気の中、俺たちはその中を突き進む。来るなら来やがれ。ただじゃやられねえぞ。 その時、誰かが唐突に叫んだ。 ――女神様のご帰還だ! それに呼応するように、辺り一面から歓声が爆発した。周りにいる人間という人間が、全員拍手なりジャンプなりして、 俺たちに祝福を投げつけてくる。まるでサヨナラホームランを打った選手に対する歓声のように。 「ど、どうなってんだ、これ……!?」 あまりの状況に俺は目を白黒させていたが、ハルヒは何の疑問も持たずに、周りの人間たちに手を振っていた。 すぐに、俺たちの元に担架を持った兵士たちが現れ、谷口をそこに乗せる。そして、すぐに応急処置を始めた。 展開について行けていなかった俺に対し、古泉はぽんと肩に手を置くと、 「涼宮さんはあなたの言葉を信じたんですよ。2年間、他の人の人間の言う事なんて全く耳を傾けなかった涼宮さんが、 あなたのたった一つの嘘を心の底から信じたんです」 ……なんてこったい。それでこんな風にハルヒを歓迎するような世界ができあがってしまっていたって事か。 しかし、悪いことだとは思わないね。さっきも言ったが、ハルヒの働きぶりを見れば、これの方が正しいんだよ。 「その通りです。僕も困難な仕事をせずにすんでほっとしていますよ」 そういつものインチキスマイルを浮かべている。 やれやれ。これでようやく終わりか。 ◇◇◇◇ 谷口を乗せたヘリが飛び立つ。あいつの怪我の具合は緊急は擁するが、今すぐ命の危機というレベルまでは いっていなかったようだ。俺はそれを聞いたときにほっと胸をなで下ろした。全く大げさなんだよ、あいつは。 次々と国連軍の増援が到着し、閉鎖空間のあった場所に向けて進撃していた。まだあの化け物どもが どこかに残っているかも知れないから掃討作戦の実施中だ。あとはプロの方々に任せておこう。 当然、森さんたちの救出も要請している。 ふと、朝比奈さん(長門モード)がそらをじっと眺めていることに気が付いた。 「何やってんだ?」 「…………」 俺の問いかけに、長門は答えようとせずしばらく沈黙を続けた。 どのくらい経っただろうか。すっと視線を俺の方に向けると、 「涼宮ハルヒが自らの能力に対して、ある程度の自覚を有した件についての検討が始まった」 「……お前の親玉たちか」 「そう、その意味を危険視する勢力が情報統合思念体の中でも大きくなりつつある。強制措置を執るように求める動きもある」 長門の言葉はいつもの通り平坦で無感情だった。しかし、俺にははっきりとその感情が読み取れた。 明らかに怒りに震えている。 俺はぽんと朝比奈さん(長門モード)の肩に手を置くと、 「で、長門はどうするんだ? 連中の言うままに従うか?」 「情報統合思念体の判断を確認し、わたしの望まない決定だった場合は拒絶する。わたしの意思はここにいること。 わたしたちを破壊しようとするものがいれば、それが誰であろうと――情報統合思念体の意思だとしても阻止する」 ――長門は俺を深く見つめて、 「誰の好きにもさせない」 「……そうかい」 よく言ってくれたよ、長門。お前もSOS団には必要なんだからな。 俺はそう思いながら、長門の背中を数回叩いてやる。 と、辺りにざわめきが起こった。振り返ってみれば、丘の頂上から4人の人間がこっちに向かって降りてくる。 確認するまでもない。森さんたちだ! ここで古泉が森さんたちめがけて走り出す。俺も足を引きずりながらその後を追った。 「無事だったんですね……! よかった!」 歓喜の笑みを浮かべる古泉に、森さんは特有のにこやかな笑みを浮かべ、 「ええ、おかげさまで。でも怪我が酷いから、すぐに手当を」 「わかりました」 古泉は手近にいた兵士たちを呼び、担架を持ってこさせる。森さんは見事なまでに無傷だったが、 新川さんは軽傷、多丸兄弟はかなり辛そうだ。谷口と同じくとっとと病院に運ばないとまずいな。 すぐに負傷した機関の人たちを担架に乗せて、応急処置が始まる。話を聞く限りではこっちも命に別状はなさそうだ。 よかった。これで国木田を入れても全員無事に帰還できたって事だ。完全無欠なまでにハッピーエンドだ。 ふと、唯一無傷だった森さんが手を高く掲げて立っている。俺はその意味がわからなかったが、古泉はなるほどと理解したらしく 古泉も手を挙げて二人でハイタッチをした。成功の祝いのつもりなのだろう。きれいで心地いい音が辺りに広がる。 あの二人、いいコンビになりそうだな。 「あの、キョンくん」 可愛らしい声が聞こえたんで、軍隊的敬礼ばりに拘束180度回転してみると、そこには麗しき朝比奈さんのお姿が。 ちょっとおどおどした感じであるところをみると、朝比奈さん(通常)のようだ。 全くこのお姿を見るだけで全身泥だらけだというのに、まっさらに清められていくような気分だよ。 「その……ですね……」 何が非常に言いづらそうな感じを続ける朝比奈さんだったが、やがて少し目に涙を浮かべつつ、 俺にあるものを突き出してくる。 ……おいおい朝比奈さん(大)。いくらなんでも空気が読めてなさ過ぎだろ。 俺の目の前に突き出されたのは、何度かみかけたことのあるファンシーな封筒だった。 あの朝比奈さん(大)から送られてくる未来からの指令書。このタイミングで送ってくるなんて何を考えているんだ? ただ、目の前にいる朝比奈さん(小)もこれには不満そうだった。ただ、組織上、従わざるを得ないのだろう。 即座に俺はそれを手に取ると、ひらひらと振って見せて、 「朝比奈さん」 「はっはいっ!」 「燃やしていいですか?」 「はっはい! ――ええ!?」 思わず了承してしまったようだが、朝比奈さん(小)はすぐに撤回した。ま、そりゃそうか。 古泉のように現代レベルの組織的関係ならあっさりと破れるのかも知れないが、朝比奈さん(小)ぐらい未来だと、 脳内に変なチップを埋め込んで、外部から操るなんていうマネすらできそうだからな。 「そそそそそそそれはだめですぅ! あ――いえ、別に未来からの指令を優先とかじゃないんですよ? でもでも、えーとぉぉぉぉ」 あたふた。おろおろ。うーん、朝比奈さん(小)はやっぱり可愛すぎる。本気で抱きしめて差し上げたい。 まあ、そんなことはさておきだ。 「そう言えば、この封筒の中身に何かが書いてあった場合は、強制的にそう動くようにされるんですよね?」 「ええ、そうです……だから、一度開けたら従うしか……」 朝比奈さん(小)の言葉に、俺はその封筒を懐にしまうと、 「じゃ、開けないでおきましょうか。今は、ですけどね。俺ももうくたくたですから。一眠りしたあとでもいいじゃないですか」 「えっ――ええと、そうですねぇ……たぶん、それでいいんじゃないかとぉ」 朝比奈さん(小)はしばらく首をかしげていたが、まあどのみち俺は開けるつもりは全くないけどな。 それに俺の勝手な憶測かも知れないが、この封筒の中には大したことは書いていないんじゃないかと思う。 きっとハズレとか書かれているに違いない。朝比奈さん(大)が伝えたいことは、手紙の内容じゃなくて手紙の存在さ。 わざわざ朝比奈さん(大)が以前に送ってきたものと同じものを使用しているしな。言いたいことは手に取るようにわかる。 ――わたしは無事ですってね。 ◇◇◇◇ 「よっ、ハルヒ」 「何よ」 ちょっと不満げなハルヒの返答。用意されたパイプ椅子に座って、しきりに自分の足をさすっている。 「あーもー、うっとうしいわね、この足! 2年ぐらい使わなかったぐらいで動かなくなるなんて根性が足りないんだわ」 無茶を言うな無茶を。というか、ハルヒが足が動くと思っていたらとっくに動いているんだろうから、 きっと自分の中で2年も使わなければこうなるという考えが固定されてしまっているんだろうな。 「で、さっきまでのサインと握手攻めはもういいのか?」 「さあ? えらい人に散らされたから、したくてもできないんじゃないの?」 ハルヒはそうあっけらかんと言った。 ついさっきまで救世の女神様、涼宮ハルヒ団長殿に謁見+握手+サインを求める兵士たちで大行列ができていた。 まあ、見た目と能力だけならパーフェクトな奴だからな。直接接触しない限りは、ファンは増殖の一途だろう。 しかし、堅物そうな上官の出現により、クモを散らすように解散させられてしまった。軍隊ってのは規律第一だからな。 仕方がないだろう。 ……しかし、その上官がこっそりハルヒのサインをもらっていたことは、絶対に口外してはならない機密事項だ。 うかつに口にしたら射殺されかねない勢いで睨みつけられたからな。娘にプレゼントするらしい。 「ちゃんとSOS団のアピールをしておいたわよ! サインももちろんSOS! ヘルメットとか、迷彩服の後ろに でかでかと書いておいたから、宣伝効果は抜群よね、きっと!」 おいちょっと待て。どこの世界に、『SOS』と書かれた装備を持って作戦に参加している兵士がいるんだ? みんなそろってヘルプミーなんてどこの漫才集団だよ。 しかし、そんなハルヒを見て、俺は安堵を覚える。2年もずっと離れていたし、その間ハルヒも色々あっただろうが、 こいつのポジティブ傍若無人ぶりは全く変わっていないからだ。よっぽど、頑固な性格をしているんだろうな。 「……何よその目! あたしの顔に何か付いているわけ?」 「いーや、相変わらず可愛くない顔してるなと思っただけさ」 そんな俺の反応に、ハルヒはアヒルと猫を合わせたような顔つきで、シャーとこちらを威嚇してくる。 と、古泉がヘリの前に立ってこちらに向かって手を振り、 「みなさん。これ以上ここにいても仕方がないので、手近の基地に移動することになりました。乗ってください」 そう呼びかけている。 「だとよ。行くか」 「そうね。じゃあ――」 そう言いながらハルヒは自力で立って歩こうとし始めた。 「おい無茶するなよ」 「何いってんのよ。こういうリハビリは普段からの心がけが重要なのよ。あとは気合いと根性で――うひゃあ!」 案の定、足をもつれさせて倒れそうになるハルヒを、俺は襟首をキャッチして救出してやる。 いきなり一人で歩けるわけないだろうが。焦る気持ちはわかるが、まあ落ち着いていこうぜ。 「むー」 ハルヒは不満たらたらに口をとがらせているが、何だかんだで俺の肩に手を回してくる。 もうちょっと素直にならないと、周りの男が逃げていく一方だぞ。 「そんな軟弱な男なんて必要ないわ。我がSOS団では活発で行動力のある男子を求めているの。 キョンももっとしっかりしなさいよ。そんなんじゃ、栄えあるSOS団の一員はつとまらないわ。 これからどんどんグレードアップしていく予定なんだからね!」 「へいへい。でも、少しは休ませてくれよな」 「団長として特別に1日だけ休暇を上げるわ。でも、それもただごろごろしているだけじゃダメよ。 あたしが明日以降、みっちり充実した休日の取り方を指導してあげるからね」 「いや、その前にお前はリハビリが先だろ」 「そんなの車いすでも何でも使えばできるじゃない」 やれやれなんつーポジティブぶりだ。ここまでくると、あきれるどころか尊敬してくる、全く。 そんな話を続けながら、歩き続ける。ヘリの前では古泉に加え朝比奈さん(長門入り)がすでに待っていた。 「なあハルヒ」 「なに?」 「……これからもSOS団をよろしく頼むぜ」 俺の言葉にハルヒは、びしっと空に向けて指さすと、 「あったりまえじゃない! SOS団の活動は永遠に不滅なんだからね!」 ~~完~~
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第六章 やろうと思えば、何でも出来るもんだ。 簡単に俺はシャミセンの体を乗っ取った。 どうでも良いが、動きづらい。 俺は、再び学校へ向かう。 今頃昼休みだろう。 途中、ある2人が目に入る。 制服を着た髪の長い女性とにやけ面のハンサムボーイ。 よく見えない。もっと近きへ行く。 「今回は、大変な仕事だったらしいね。古泉君。」 「えぇ、それは大変でしたよ。鶴屋さん。 準備から実行まで、かなりの金額と時間と労力を費やしました。 あなたの御父上には、大変なご迷惑をかけました。感謝しますよ。心の底から。」 「あたしに感謝を言われても困るよっ。見ての通り、あたしゃめがっさ怒ってるんだからね。」 何を怒ってるんだろうか。鶴屋さんは、怖いオーラを発していた。 絶対に近寄ってはならない。そんな雰囲気だった。 古泉は、顎に手をあて、顎を撫でるような格好をする。 口元は笑っているが、目は、じっと鶴屋さんを凝視している。 険悪なムードが漂う。 「こんなっ、こんなことっ許されると思ってるのかいッ!!!」 「申し訳御座いません。」 「あたしは干渉しない。いや、したくない。 でもッ!!! 行動しなきゃ、誰かを失うって初めて知ったよ。これだけは、言っておく。 誰が見ても、これは、倫理的な道程からは、外れてる。間違った行為さっ。」 「責任は取るつもりです。僕なりのね。」 「死んで詫びるなんて、言わないでよ。 それは、逃げるに他ならないんだからさっ。」 「分かりました。」 「………あたしは今から、学校に戻るよ。勉強しなきゃ。 次に誰かに手を出したら、あたしがキミを止めるからねっ。」 鶴屋さんは、走って帰って行ってしまった。 古泉は、しばらく呆けていた。 「そろそろ、僕も帰りますかね。」 「みゃー。」 待ちな、古泉。 「これはこれは、彼の家の猫。えっと、シャミセンでしたね。」 急に古泉は考えて、笑い出した。 「くっくっく、長門さんのおっしゃる通りですか。」 「みゃー。」 どういうことだ? 「申し訳ありませんが、あなたの言葉は私には、解りません。 放課後、部室へ来て下さい。全てお話しします。」 そう言うと、古泉は帰って行った。 どうやら長門は、猫である「俺」が来るのを予期していたらしい。話が早くて済む。 放課後 「みゃー。」 「来ましたね。」 校門で古泉と朝比奈さんが待っていた。 「ごごごごごごごめんなさいキョン君。何も言えなくて。」 朝比奈さんは、俺を抱きしめ、謝った。俺、一生猫のままで良いかも。 「行きましょう。長門さんが待っています。」 そのまま部室へ向かった。朝比奈さんの感触が気持ちいい。至福の時とは、まさにこのことだ。 部室へ入る。 「待っていた。」 「みゃー。」 話してもらおうか。 「分かってる。」 「長門さん。通訳をお願いします。」 「必要ない。」 長門は、俺の首に何かをかける。 「何だ?k……うぉ!?喋れる!!」 「猫用バイリンガル装置。」 「ふぇー、ドラ●もんみたいですね。」 「今回の事は、深く謝る。」 「反対勢力の暴走だろ?仕方ないさ。」 「違う。」 は? 「ユダはわたし達。全勢力があなたと涼宮ハルヒを抹殺する計画をした。」 おいおい、冗談は顔だけにしまじろう。 「な、どうして…?」 「わたしの場合は新たな情報爆発の期待。きっかけを作ったのは、わたし達情報統合思念体。 有機生命体の一般に「恋愛」と呼ばれる感情を利用し、新たな情報爆発を期待した。 しかし、失敗に終わった。彼女が情報爆発を行う機会は格段に増えたが、リスクもまた、高い。 彼女の力は落ち着いてはいるが、力自体は衰えてはいない。 むしろ、より強力な物へと変貌している。 一歩踏み違えば、地球だけではなく、宇宙空間まで被害が及ぶ。 情報統合思念体は失望し、『扉』である涼宮ハルヒ『鍵』であるあなたを抹消する方向で計画を続けた。」 「わたしの場合は未来の固定化です。今回の事件を邪魔する人の足止めをしたそうです。」 「機関の方では、最近無意識に発生する閉鎖空間の対処が不可能になりました。 神人の異常増加が原因です。進行の速さは緩やかなのですが、このままでは、いずれ世界は改変されます。 対抗策として、谷口君などを利用し、彼女の錯乱状態を抑えようとしましたが、逆に拍車を加えました。 閉鎖空間の拡大する速さが異常なまでに速く、神人の対処もままならぬ状況でした。 結果、涼宮さんを抹殺する事を上が決定しました。」 「…………」 言葉が出なかった。 俺とハルヒは、こいつらの謀略にはめられたのだ。 こんな事許せるもんか。絶対許さん。 「ごめんなさい。ごめんなさいキョン君。」 朝比奈さんは崩れ落ちるように、床に顔を伏せた。 「泣いたって無駄ですよ。後の祭です。話は終わったな。俺は逝くぜ。」 「待って。」 小さな手が俺の尻尾を掴む。 「何だ?」 「あなたは、わたし達に言うべき言葉があるはず。だからこそ、ここに来た。違う。」 確かにその通りだ。しかし、 「今更お前らに話して何になる。」 「話して。」 「ふざけるな。こんな所に居てたまるか。帰るぞ。」 「離さない。」 「なら、シャミセンから出ていけば良いだけだ。じゃあな。」 「不可能。」 長門の言葉通り、俺はシャミセンから出れなかった。 「あなたが猫に憑依した行為は、本来してはいけない。 それを解くことが出来るのは、この中でわたしだけ。」 つまり、俺がシャミセンから出れないで困ると想定済みという訳か。 「そう。」 やれやれ、長門さんには、かないませんよ。 「今から、あなたを解き放つ。じっとして。」 「最後に良いか?」 「何?」 「おばけの俺は、お前には、見えないのか?」 「否、見える。」 俺が死んだ後、お前が来た時、近くにいたが、 まさか、気づかなかったなんて長門らしくないな。 「気付いてた。しかし、涼宮ハルヒもいた。 この場合、無理に言葉を交わさないのが妥当であると判断。」 なるほど。もう一つ。 俺をハルヒの夢に招待した理由が解らん。 わざわざ喜緑さんと古泉を用意してまで、朝倉を倒す芝居をする必要は無いだろう。 何故、一気に俺とハルヒを殺らなかった? 「何の事?」 長門の手が止まる。 「僕も知りません。」 おいおい、冗談キツいぞ。 「本当。した記憶は無い。」 何だこの違和感。どこかで感じた記憶がある。 「詳しく話して頂けますか?」 俺は、ありのまま話した。 ハルヒの夢に送られた事。 朝倉が出現した事。 朝倉の言葉「真実」「終わらせない」 勿論、俺がハルヒに不覚にも「愛おしい」と言った事は内緒である。 「あなたの言葉が本当なら、この世界は偽りの世界。」 つまり、改変された世界だと? 「多分そう。あなたの話からすれば、改変したのは朝倉涼子。」 穏やかに、しかし力強く長門は言った。 「あなたを元の世界に帰還させる事も可能。」 「これは興味深い話ですね。僕も協力しますよ。」 「わ、わたしもキョン君と涼宮さんのために、働きます。」 「すまん、助かるよ。古泉、朝比奈さん。だが、良いのか?」 「罪滅ぼしですよ。もっとも、これで償えるとは、思っていません。」 「それでも、有り難いよ。」 「但し100%戻るとは、限らない。」 「構うもんか。やってみるさ。」 「あなたが元の世界に戻ったとしても、あなた達が幸せになるとは、限らない。 他の勢力に狙われているのは当然。今回同様わたし達が敵に回る事もある。 あなたは一人でも、彼女を護れる?」 「…………。」 単純に考えれば答えはNOだ。 桁違いの頭脳と力を持った勢力とただの凡人一人が戦っても勝てるはずがない。 簡単に言うと、戦闘力5の地球人とフリーザ一味である。 「考える時間はまだある。ゆっくり考えて欲しい。それと一応、あなたが帰る準備をしておく。」 「分かったよ。気長に考えるさ。まだ、時間は残ってる。」 「次に来る時は、涼宮ハルヒと一緒に来て欲しい。」 「ハルヒ?」 「どうしても必要。」 「分かった。それとよ、何故俺の記憶だけ残っている?」 「解らない。だが誰かがあなたを守った可能性が高い。」 「そうか。まあいいや。」 「では、離す。」 スッとする気分と共に、目の前が真っ白になった。 目の前には朝比奈さん、長門、古泉がいた。 「じゃあな。」 長門にしか聞こえない言葉を吐き捨て、俺は部室を後にした。 家に着くとハルヒがいた。何しに来やがった。 「暇だから、来てやったわ。」 「俺は忙しかったがなぁ。」 「忙しい?あんたが?どこ行ってたの?白状しなさいよ。」 まずい。口が滑った。長門達に会いに行ったなんて言えないぞ。 「し、親戚の家にも行って来たのさ。」 「本当?それにしては、帰りが早くない?怪しいものね。」 「本当だとも。顔見てすぐ帰って来た。」 「まあいいわ。今更、どうこう言える立場じゃないし。 それよりキョン!!あたし暇なの。どっか行きましょうよ。」 「思い出巡りでもしょうか。」 「過去を振り替えるのは嫌。前をだけを見て行動したいの。」 俺達に未来は無いようなものなのだがな。 ハルヒには、思い出したくもない過去があるのだろう。 わざわざ俺がハルヒの傷をいじる必要はない。 「おし、映画でも見るか。」 「映画ならいいかな。」「じゃあ、行くか。」 「競争よ。キョン。」 ハルヒはふわっと浮かび上がり、繁華街の方へと飛んで行った。 「待てよ。」 俺も必死になって追いかける。 楽しい。今、俺は人生(死んでるけど)で一番幸せなのかも知れない。 誰にも邪魔をされず、平和で、近くには俺を導くハルヒがいる。 ここは、天国のような世界なのか。 気付いたら映画館だった。 「どれ見るか?」 「そうねえ。あれがいい。」 ハルヒが選んだのはSF映画だった。 ハルヒが好みそうな、いかにも宇宙人や超能力者が出てきますよ的な映画だった。 「入るか。」 「待って!!」 ハルヒは、俺の腕を引き寄せ、俺の腕と絡ませた。 「少しは、あたしの夫らしくしなさいよ。」 夫!? 「もう、婚約したのと一緒よ。夫婦なの。」 ふふふと笑いながら、ほんのり顔を赤らめるハルヒ。 俺は、かなり恥ずかしい。多分、顔が真っ赤だね。 周りに霊感の強い人が見ていたらどうしようかと思う。 どうしようも無いが……… 「タダで入るなんていい気分ね。VIP客みたい。」 俺は、罪悪感でいっぱいだった。小銭を探したが無い。 あっても払う気はないし、払えるわけもない。 映画はあまり面白い代物ではなかった。 ハルヒなんて、途中から眠っている。 なんか俺も頭がぼーっとしてきた。 俺は元の世界に戻りたい。 あいつが起こす問題。 それを試行錯誤し、解決する俺達。 ハルヒが消失した日。 あの時はそう思い、エンターキーを押したはずだったよな。 だけど………… だけど…… だけど!! もう疲れた。 横には、ハルヒの寝顔。性格とヘンテコな能力さえ除けば、ただの可愛い少女だ。 「あなたは一人でも、彼女を護れる?」 頭に響く言葉。 「否、俺はハルヒを助ける力なければ、気力も無い。」 虚しく呟く。 映画はいつの間にか、エンディングに入る。 綺麗な曲が流れ出した。 俺は、何故此処にいる。 朝倉は俺に何を望む。 己の無力さを教える為か? 俺はともかく、ハルヒまで殺す利点は何だ? 解らない。 俺は何をすれば良い? 「あれ、終わったの?映画。」 「ああ、起きたか。」 「帰ろっか。」 「そうだな。」 「おんぶ。」 「は?」 「何度も言わせるな!!おんぶよ。おんぶ。」 「はいはい。」 「今日は一緒にいよっか。」 「ダメ。家に帰りなさい。」 「だって暇なんだもん。どうせ幽霊だから、誰とも話せないし。」 俺にはシャミセンがいるけど。 そういえば、シャミセン連れて帰るの忘れた。 今頃どうしているだろうか。 「ね。いいでしょ?」 「わかった。わかった。」 家に帰って驚いた。 「お帰りなさい。」 「「え゛!?」」 シャミセンと長門がいたのだ。 長門は俺達が見えてるんだよな。 「ちょ……ハルヒがいるんだぞ。」 「好都合。」 「ちょっとキョン。これは何!?不倫?不倫なのね!?」 「MAMAMA待てハルヒ!!誤解だ。ご懐妊だ。」 時既に遅し。くだらない駄洒落を言うや否や、ハルヒの連続グーパンチが飛んでくる。 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ。」 「痛い、痛い!!長門!!何とか言ってやれ。」 「………自業自得。」 どう見ても長門です。本当に有難う御座いました。 「あれ?何で有希としゃべってるの?」 今頃気付くな。 「わしもおるぞ。」 「ひっ!!猫がしゃべった?」 シャミセン。お前もか。 第七章へ
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俺の日常はきっと赤の他人から見れば、まあ大変ねとか、苦労なさっているんですねとか 言われてしまうようなきわめて非日常的な状態にあるんだろうが、俺にとってはこれが楽しくて仕方がない ごくごく普通の日常であると断言できる。 宇宙人・未来人・超能力者。こんなのが得体の知れない情報爆発女を中心に闊歩している世界に 俺のようなきわめて一般的平凡スペック人間がコバンザメのようにくっついて歩いている光景は、 確かに不釣り合いと言えばその通りである。が、いったんそんな現実を受け入れてしまえば、 細かいことはもうどうでもよくなり、どうやってこの微妙に非日常を満喫するか考える毎日だ。 てなわけで、本日もハルヒ発案による不思議探索パトロール中である。 相変わらず、ハルヒの望むような変なものが見つかるわけでもなく、ほとんどSOS団という謎の集団による 食べ歩き・散策・名所巡り状態になっているが。 「にしてもだ。ハルヒが本当に変なものに遭遇を望んでいるなら、とっくに見つかっていそうだけどな」 俺は朝比奈さんをうらやましくも抱き寄せほおずりしながら歩くハルヒを尻目に言う。 それにすぐ横を歩いていた古泉は苦笑しながら、 「涼宮さんにとってそういった奇怪なものを見つけることよりも、我々と一緒に遊ぶことの方が楽しいのでしょう。 そうでなければあなたの言うとおり、今頃町中がエイリアンやUMAで溢れかえっていますよ」 確かのその通りだろうな。実際に俺もそんな物騒な連中が現れずに、こうやって遊び歩いている方が遙かに楽しい。 ハルヒ自身も未知との遭遇がなくても、現状の不思議探索パトロールで満足しきっているんだろうな。 と、古泉は珍しく胡散臭さのない屈託のない笑顔で、 「このままこの日常が続けば良いですね。僕のアルバイトもいっそのこと無くなってしまった方がいいですし」 そんなことをしみじみとつぶやく。 お前達の言うようにハルヒが世界を平然と作り替えられる能力を持った神的存在って言うなら、 この平穏な日常は永遠に続くだろうよ。ハルヒがそう望み続ける間はな…… ……この時まで俺はそう確信していた。 ◇◇◇◇ 「ちょっと公園で一休みしましょう」 そうハルヒの一声で俺たちは公園のベンチに座る。ところでハルヒさん。いくら何でもずっと朝比奈さんに抱きついたままなのは どうかと思うぞ。全くうらやまし――じゃない、少しは朝比奈さんの迷惑を考えろよな。 「いいじゃん。今日は思ったよりも寒かったからカイロが必要なのよ。う~ん、さっすがみくるちゃんは暖かいわね」 「ふえ~」 ハルヒの傍若無人の振る舞いに朝比奈さんは困り切った顔を浮かべているんだが、 ついついそんな彼女にもこうエンジェル的優美かつ華麗さを感じ取って見とれてしまう俺も相当罪深い。 アーメン。俺の男としての性を許してくれたまへ。 一方の長門は相変わらずの無表情ぶりでベンチの上にちょこんと座っている。すっかり謎の超生命体印の宇宙人というよりも 文芸部部長兼SOS団最大の功労者という肩書きが似合うようになった。そんな彼女も今日もいつも通り無表情・無口で 無害なオーラを延々と見せているところから別に変なことが背後やら水面下とかでうごめいてはいなさそうだな。 ふと、ここでハルヒと目が合ってしまった。なんてこった。俺としたことが飛んだミスを。 「ちょっとキョン。のどが乾いたからみんなにジュースを買ってきなさい。あ、当然あんたのおごりでね」 「何で俺が」 横暴極まりない俺への指令に、俺は抗議の声を上げるが、ハルヒは朝比奈さんを抱きしめたまま、 「今日も遅刻したじゃん。罰金よ罰金! ほらほらぶつくさ言わないでとっとと買ってきなさい! あ、あたしは暖かい紅茶でね♪」 満面の笑み100%を浮かべているところを見ると、全く今日もいつもの傍若無人ぶり全開だな。 いつもどおりってのも安心できると言えばそうなんだが。 俺は長門と古泉、それに朝比奈さんの要望を聞くと、近くの自販機を探し始めた。 ちなみに俺の癒しの朝比奈さんは、ごめんなさいとぺこぺこしていたが、そんなに謝る必要なんてありませんよ。 あなたがアルプスの天然水が飲みたいというなら、今すぐ新幹線に飛び乗っていくことなんておやすいご用ですぜ。 しばらくきょろきょろと見回していた俺だったが、やがて公園に乗ってはしる道路の向こう側に 自販機が並んでいるのが目に入った。俺は横断歩道の信号が青になったことを確認し、小銭を数えながらそこを渡り始める。 ――キョンっ!? 後頭部に突然ハルヒの声がぶつけられる。そのあまりに突飛な声に何事だと俺は右回り180度ターンで振り返っている途中で 気がついた。俺の鼻先30センチのところにばかでかい巨大トラックがいることに。 当然ながら空中に突如出現したわけでもなく、猛スピードで信号を無視して俺に突っ込んできている。 鈍い衝撃が俺の鼻に直撃した以降、俺は何も感じなくなった―― ◇◇◇◇ ――キョンっ――キョンっ――お願い――目を開けて―― ハルヒの声だ。何だやかましい。言われなくてもすぐに起きてやるよ…… 俺はすぐにまぶたを開こうとして気がついた。どれだけ強く力を込めて目を見開こうとしても まるでそれを拒否するかのように、強くまぶたが閉じられている。目の上の筋肉辺りは動いているようだったが、 肝心のまぶたは力を込めると逆にしまりが強まる。くっそ――どうなってやがる…… ――キョンくん……どうして……こんなことに―― 次に聞こえてきたのは朝比奈さんの声だ。耳に届く美しい言葉に俺は再度目に力を入れるが、やはり開かない。 ずっと続く闇の中、朝比奈さんのすすり声だけが俺の脳内に響く。ここで気がついたが、俺の手足も俺の意志に反して 全く動かなかった。まるで全身に釘を打ち込まれたかのように身体が硬直し、直接的な痛みよりも 動くはずの俺の身体が動かないというもどかしさに、俺は強烈ないらだちを憶えた。 しばらくして朝比奈さんのすすり泣きも聞こえてこなくなった。そのままどれだけの時間が過ぎたころだろうか。 いい加減、自分の身体が動かないことにあきらめつつあったころ、今度は言い争いが聞こえてきた。 はっきりと言葉の末尾が聞こえないが、片方が古泉の声であることはすぐにわかった。聞いたことのない男の声と 激しくやり合っているみたいだ。おい古泉、そんな声を出すなんてお前らしくないぞ。どうした? しばらく意味不明な怒声のキャッチボールが続いていたが、やがてバンという大きな音とともにそれが止まった、 ――何――やってんのよ――病人の前なのよ!? 出て行って! 出て行ってよ!―― ハルヒの声だ。すまん、ハルヒ。助かったよ。これが続いていたら俺の耳がくさっちまいそうだ。 ん? 今ハルヒはとんでもないことを言わなかったか? なんだったっけ……ま、いいか。ちょっと眠くなった。寝よう…… ――やあ、キョン―― ……ん、誰だよ。人が寝ているってのに…… ――久しぶりに顔を合わせたかと思えば、こんなことになってしまうとは、ついていないと言えば良いんだろうかね? ……うっさいな、俺は眠いんだよ。寝かしてくれ…… ――僕は君が起きているつもりで話すよ。いまさらだけどね。少しでもその意味を理解できているなら―― 俺はここで眠りに落ちた…… 一体どのくらい経ったんだろうか。眠っては起きてまた眠っての繰り返しの日々。いい加減飽きてきたんだが、 起きても指一本動かせず、目すら開かないのでどうしようもない現実だ。聞こえてくるのは耳を通してではなく 頭蓋骨を伝わってくるようなぼやけた声だけ。最初はそれを聞き取ろうと努力したんだが、どうやら俺がどうこうしても 無駄なようだ。はっきり聞こえてくるときとそうでないときの違いは、俺の意志や努力とは関係なかった。 そして、久しぶりにはっきりと聞こえた声。 ――ゴメン、キョン。全部あたしの責任よ。あたしがあの時あんたを使いっ走りにしなければよかった。 ――あたしが悪いの――――――――――――ごめんなさいっ――――本当にごめんなさい――だから目を開けて――お願い―― そんな悲しそうな声を出すなよ、ハルヒ。お前のせいじゃないに決まっているだろ? 自分をあんまり責めるなよ。 らしくなさすぎるほうが帰って俺を不安にさせるんだからさ。大体、あんなことはいつもどこかで起きているんだから―― あれ? なんだっけ? 俺、なんかとんでもない目にでも遭ったのか? なんだっけ…… それから果てしない時間が過ぎたような気がする。 もうはっきりした声も聞こえなくなり、雑音のような声らしきものが俺の脳内に拡散していく毎日。 飽きたなんて言う感覚すら通り越して、意識が麻痺しているんじゃないかと思いたくなるほどの無感状態になっていた。 寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きて――もう考えることすらうっとおしくなってきている。 ――あきらめないで。 長門の声だ。すごく久しぶりに聞いた。ちょっとうれしくなる。すまないがちょっと俺の目を開ける手伝いをしてくれないか? ――今、わたしは何もできない。 そりゃまた白状だな。SOS団の仲間だろ? ――あなたと意識レベルでの言語的会話をすることが、わたしにできる唯一できること。 なら、せっかくだ。話でも聞かせてくれ。そうだな。おとぎ話でもいいぞ。いい加減、退屈で感覚が麻痺しているんだ。 ――残念ながらわたしにはあなたの身体構造の再起動を促せるような言語刺激を持ち合わせていない。 そうか。それなら仕方がないな。そろそろ眠たくなってきたから、寝るよ。 そうだ、また退屈になったら話してくれないか? ――もうこのインタフェースであなたと会うことは二度と無いかもしれない。でも聞いて。 なんだ? ――このままでは涼宮ハルヒはこの惑星にすむ知的生命体全てからの憎しみをぶつけられる。 ――そして、世界は消滅する。 は? なんだそりゃ。そんなことがあってたまるか。 ハルヒはな、確かに行動が突飛だったりわがままだったりするが、何だかんだで常識的な奴なんだよ。 人を本気で傷つけたりとかなんてしないしな。見た目で判断するんじゃねえよ。 誰も彼もが誤解しているってなら俺が教えてやる。ハルヒって奴が本当はどんな奴って事をな…… そう思った瞬間、今までの目の拘束状態が嘘だったかのように消える。 そして、俺はゆっくりと目を開いた…… ~~その1へ~~
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あーあ、ヤんなっちゃうな。 キョンのシャツに濡れた頬をうずめながら、あたしは心の中で溜め息を吐いた。一度タガがはずれちゃったら、子供みたいに脆いのはあたしの方じゃない。そんなあたしの背中を、キョンは優しく撫ぜてくれている。 今日は、あたしがキョンの奴を励ましてやるはずだったのに。いつの間にこうなっちゃったんだろう。なぜだかこいつ絡みだと、物事がいちいちうまく運ばない。 どうしてキョンが相手だと、こんなにも調子が狂っちゃうのかな。理由を知っていたら、誰か教えてほしい。 うん、でもそんなに悪い気はしない。っていうか、むしろあたしはずっとこうしたかったのかな…? 弱みも何も全部さらけ出して、キョンにぶつけてみたかったのかも。 ひょろっとしてる印象だったけど、キョンの胸、意外とガッシリしてる。やっぱり男の子なんだなぁ。クーラーが強めに効いた部屋の中、こいつの体温が心地いい。もう、いっそこのまま時間が止まってくれれば…いいの…に…? ――えーと、ちょっとゴメン。あたしのおへそ辺りに当たってる、この硬いモノは、一体なに? あ、いやいい。説明いらない! 遠慮する! ここがどこで何をする場所かって考えたら、自ずと分かるし! そうよ、何をいまさら。落ち着け。落ち着け、あたし。はい、深呼吸。ひっひっふー、ひっひっふー。 はぁ。しかしこいつも、ついさっきまで 『俺は間違っても、お前の身体が目当てでSOS団の活動に参加してたわけじゃない!』 とか何とか言ってたくせに、ココはしっかりこんなにしてんのね。まったく、これだから男って奴は! まあ、でも大目に見てやるとしますか。キョンの奴、あたしでこんなになってるんだ――って思ったら、正直ちょっと嬉しいし。 いいわ、ここはあたしの方からきっかけを作ってあげる。このままじゃ、まるであたしが一方的に泣かされてるみたいで、なんだかシャクにさわるしね! トン、と軽く突き放すように、あいつの胸に両手をつく。2、3歩下がって、数秒うつむき、それからあいつに向かって全力の明るい笑顔を見せつけてやる。 「キョン、あたしちょっと顔洗ってくる!」 「え?」 「こんな顔、みくるちゃん達に見せられたもんじゃないでしょ! いい? すぐ済むからちゃんと待ってんのよっ!?」 キョンの眼前に人差し指を突き出し、なるべくいつもの口調っぽくそう命令する。キョンの奴はまだ心配そうな、そしてなんだか名残惜しそうな表情をしていた。ふふ、変な顔! 精一杯の笑顔を浮かべたまま、あたしは虚勢を張ってるのがバレない内にバスルームへと駆け込んで、後ろ手に扉を閉めた。 ふー。よし。 ひとまず作戦の第一段階は成功ね。 鏡を見てみる。うわ、眼が真っ赤だ。目蓋もちょっと腫れぼったい。あれだけぐずってたんだから、それも当然か。 蛇口をひねり、両手ですくった冷たい水で、叩きつけるように何度も顔を洗う。備え付けのタオルで顔を拭いて、もう一度、鏡を見てみる。うん、だいぶマシになったかも。 そうしてあたしは、鏡の中のあたしと視線を合わせた。 「本当にいいかな、あたし?」 (いいんじゃないの、あたし) すぐに鏡の向こうから答えが返ってくる。そうね、さっきの涼宮ハルヒ百人委員会は、賛成87票、反対5票、棄権8票だった。今は違う。今は賛成100票だって確信できるわ。 あいつが、あんなにもキッパリと言い切ってくれたから。だからもう、ためらわない。後戻りはしない。 ん、とひとつ頷いたあたしは、ブラウスの胸のボタンを上からひとつずつ外し、インナーのキャミソールごと一息に脱いで、それを衣装カゴに、ぽいと放り込んだのだった。 続いて背中に手を回し、ブラのホックに指を掛ける。瞬間、なんとなく孤島での嵐の中の出来事を思い返した。 あの時も、キョンはあたしの事を助けてくれたっけ。あいつは自分の事を「せいぜいパシリ役」だとか言うけど、ああいう時に自分がどれだけ他人のために一生懸命になれるのか、当の本人は気付いてないのかしらね。 くすっと、自然に笑みがこぼれる。気恥ずかしさよりもなんだか愉快な気分で、あたしはブラの肩紐から両腕を引き抜いた。 スカートのホックも外し、すべり落ちたそれを爪先に引っ掛けて、これも衣装カゴの中へ。ショーツは…履いたままでいいか。ほら、男の子ってこういうの自分の手で脱がすのも萌え~!だとか言うじゃない? …ってのは建前で。本音を言うとさすがに全裸っていうのはちょっと抵抗があるの。まだ初心者なんだもの、仕方ないでしょ!? とにかく、今はこの薄布1枚があたしの心の防波堤だ。うむ。 とまあ、ここまでは良いとして。次にあたしは、初心者ならではの難問にぶち当たってしまったのよね。 「靴下って…脱いどくべきなのかしら…?」 しまった、あたしとした事が。これはリサーチ不足だったわ。う~、だってそういうフェチとか? 正直あたしには形式的な面しか分からないんだもの。 でも大丈夫、こういう時こそ萌えキャラのみくるちゃんでシミュレートよ! えーと、パンツ一丁および靴下オンリーな姿でキョドってるみくるちゃん…。う~む? …なんだか狙い過ぎであざとい気がするわ。キョンはもう少し自然体な方がストライクよね、きっと。 結局、あたしは靴下も衣装カゴに放り込んで、裸身の上にバスタオルを巻いた。本当はシャワーを浴びたい所だったけど、軟弱者日本代表みたいなキョンの場合、あたしが出て行くまでの間に緊張感に耐え切れなくなって逃げ出しかねない。だからここは譲渡してあげるわ。あたしの気遣いに感謝なさい、キョン! 出て行く前にもう一度鏡を見て、髪型やら何やらをチェック。それから生唾をひとつ飲み込んで、あたしはバスルームの扉を押し開けた。 いっそのこと冗談っぽく、 「はーい出前でーっす! 涼宮ハルヒ一丁、お待ちーっ!」 とでも言ってやろうかと思ったけど、さすがにそれはキョンも引くわね。 っていうか、やろうったって出来ない。いつか部室であたしが着替えようとした時みたいに、キョンにスルーされたらどうしようとか思うと、それだけで足元がおぼつかなくなる。ううん、大丈夫。あの時とは状況が違うわ。 はたして。キョンの奴はあたしに背を向けるように、ベッドから前に身を乗り出していた。どうやらテレビ台の中のゲーム機を物色していたらしい。扉の音に気付いて、こちらへ振り返ったキョンは一瞬ぎょっとした表情を見せ、それから困ったように視線をあらぬ方向へそらした。あー、でもこっちの方をチラ見はしてるみたい。 良かった。良くはないけどでも良かった。顔を洗うだけにしては時間が掛かり過ぎなのである程度は察していたのか、キョンの奴、思ったよりはあたしの格好に動揺してないみたいね。 ベッドの端に腰掛け直したキョンは、あ~、とか、ん~、とか唸りながらしばらく言葉を選んでいたけれど、結局うまい表現がみつからなかったのか、やがて所在無げに立ち尽くしているあたしに向かって、無言のまま自分のすぐ左隣をポンポンと叩いてみせてくれる。 内心でホッとしながら、でもその思いはおくびにも出さずに、あたしはバスタオルの胸元を押さえつつ小走りでキョンの元へ駆け寄って、誘いのまま横に腰を下ろした。 むう~。隣に座ったはいいけど、キョンと視線を合わせらんない。あたしは馬鹿みたいに、前方のカーペットの模様ばかりを眺め続けてる。キョンはキョンで、こっちをまともに見ようとしないし。まるでクイズ番組に出場してはみたものの、緊張しすぎで何も答えらんない一般視聴者みたいだわ。 きっかけ、何かきっかけはないものかしら。いっそ空から隕石でも落ちてきてくれれば、キャッ!とキョンにしがみ付く事だって出来るのに。などと谷口並みにアホな事を考えていると、キョンがぽそりと、呟くようにこう訊ねかけてきた。 「おい、ハルヒ。本当にいいのか…?」 「な、何よ!? 怖気づいてんの、あんた!?」 あーん、もう! この期に及んで何を言い出すのよキョンったら! 「すまん、お前がふざけてこんな真似してるわけじゃないってのは分かってる。こういう事訊くのって失礼だよな。 でも俺は、お前が心を病んでた俺を励まそうとしてくれてたのを知ってるわけで…。つまり、何というか」 「…………」 「今このまま、お前とその、ヤっちまうのって、なんだかお前の善意につけこんでるみたいで、どうも気が引けるんだよな。怖気づいてるって言ったら、確かにそうかもしれないんだが」 そう言って、申し訳なさそうに目線をそらす。そんなキョンの横顔に、あたしは再び、はぁ、と溜め息を洩らした。 こいつのこういう律儀な所って、嫌いじゃないけどさ。これから先、苦労させられそうね。心の中でそう嘆きながら、あたしは両手でキョンの左手を引っ掴み、あたしの左胸に強引に押し当てさせてやったのだった。 「っ!?」 「ねえ、キョン。あたしさ、以前からずっと自分のこの胸が疎ましかったのよね」 キョンの奴は大きく目を見開いて、口をパクパクさせてたけど、あたしは構わずに話を進めた。 「この胸が膨らみ始めた頃から、親も、周りも、あたしに“女の子らしくあること”を強いるようになってきたんだもの。 自分の行動に枷をはめられたみたいで、だからあたしはこの胸がキライだった」 話しながら、あたしはふふっと軽く笑う。なぜなのかしらね、キョンが相手だとこういう話題も気負わずに話せるのは。 「ほら、高校生活の最初の頃、あたしは男子が教室に居ても平気で着替えてたりしてたじゃない? アレも、当てつけみたいなものだったのよ。胸があろうがなかろうが、あたしはあたし、涼宮ハルヒなんだ――って、無言の内に、あたしはそう主張してるつもりだったのね」 「ああ、アレにはびっくりさせられたな。もしや特殊な性癖の持ち主なのかと、密かに期待したりもしたもんだが」 「バカね、そんなわけないでしょ!?」 掴んでいた手の平の皮を、ギュッとつまみ上げる。キョンの呻き声をわざと無視して、あたしはさらに言葉を続けた。 「でもね、今はちょっと違うかな。今は下着姿だって、そう易々と見せてやるつもりもないし、あたしのこの胸で誰かをドギマギさせてやれるんなら、それもいいかなって思ってる。 それがどうしてかは…そのくらいはいちいち説明しなくても、おバカのあんたにも分かるでしょ、キョン?」 目を細めて、あたしはキョンに微笑みかける。バスタオル越しにでも、あたしのこの鼓動は伝わってはずよ。ね? ああ、それにしても。あの頃のあたしは、本当にひどい考え違いをしてたんだなあ。女の子同士がスキンシップで触れ合うのと、男の子が女の子に触れるのとじゃ、ぜんぜん意味合いが違うんだ。 うー、みくるちゃんゴメン。いつぞやのコンピ研での一件は、いま思うとちょっとひどかったかも。いつかきちんと謝っておこう。などとあたしが考えていると、キョンの奴がいつになく真摯なまなざしをこちらに向けてきた。 「すまん、ハルヒ」 ふん、ようやくあたしのこの想いを理解できたみたいね。ちょっとばかりまだるっこしい気分にさせられたけど、まあいいわ。分かってくれたんなら許してあげ…。 「俺も健康な若い男子なんでな。この状況はちょっとばかり刺激が強すぎるというか」 は? 「もう理性が持たん」 あの、もしもし? 「正直、たまりませんッ!!」 言うなり、キョンとの密着感が急激に増して。あたしはあっという間にベッドに押し倒されていた。 あーっ、もう! ちょっと見直してやったら、すぐこれだ! どうしてこういつもいつも、言う事とやる事がちぐはぐなのよあんたはっ!? そんなにがっつくんじゃないわよ! この…バカ…。 次のページへ
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(分裂αパターン終了時までの設定で書いてます。) 朝、八時。 いつもならもう少し早く起きているところなのだが、何故か今日だけは寝坊した。 別に遅刻の可能性を心配するほどの遅れではない。HR前にハルヒと会話する時間が減る程度の話だ。 早い時間に登校すれば新入部員選抜についていろいろと面倒なことをぬかすだろうから、ちょうどいいと言うべきだろう。 眠気のとれない朝にきびきびと行動しろというのはとても酷だ。 トーストに目玉焼き、煮出しすぎて苦くなったコーヒーを腹に流し込み、だるい感じで家を出る。 犬がやかましいほど吠える家の横を過ぎ、大通りを歩く。 いつもより遅く家をでたからなのか、普段見る顔が少ないな・・・いや、高校生自体が少ない。 もしかすると、俺は思ったよりもヤバイ状況なのではないかという思考が頭を掠めた。 時計代わりにしているケータイを取り出そうとポケットをあさったが、無い。 ・・・寝ぼけて忘れてきたらしい。 余裕かましてたらたらと飯を食っている場合ではなかったな。 現在時刻も分からず、周りを見回しても北高の生徒が見つからない。 遅刻を覚悟するべきだろう。 ちなみに言うが、北高に通いはじめてからこれまで一度も遅刻したことなどない。 SOS団の集まりではいつも五分前どころか三十分前行動をしなければいけないくらいなんだからな。 久しぶりに、全速力で大通りを駆け抜ける。 効果音をつけたくなるほどの速さではないが、俺にしてはかなり急いでいるつもりだ。 こんなに走るのはいつ以来だろうか・・・などと考えているうちに、坂が見えてきた。 俺たち北高生を苦しめる早朝ハイキングコース。 通学路の最後の砦。最後の試練とも言うべきか。 持てるすべての力をふりしぼり(おおげさか?)坂道を駆け上がろうとしたその時。 ついさっきまで誰もいなかったはずの俺の眼前に 人が・・・急に現れたような感覚がして 止まれず・・・・衝突した。 「痛ってぇなこの野郎!!・・・って」 「痛た・・・って、あ!!」 「おまえは・・・」「あなたは・・・」 『昨日の!!』 俺がぶつかったのは、昨日文芸部室(現SOS団アジト)に来ていたあの子だった。 ハルヒの話を聞いたあと、自ら拍手を始めたただ一人の女子。 そんな無垢な少女に「この野郎!!」などと汚い言葉を吐いた自分を責める気持ちである、が。 その前にするべきは・・・早く起き上がることだった。 長門と同じくらいの背丈。体重は長門よりも軽いはず。 なのに一年生のころのハルヒと張り合えるくらいの胸を有している彼女は、 真っ直ぐ走る俺の真横から来たそいつは今、俺の上にかぶさっている。 大きすぎず、かといって物足りなさを感じるほど小さいわけではない胸が俺の体に・・・って!! そんなふしだらな考えをしている場合ではない。 通行人の視線が・・・ものすごく痛いからだ。 「頼むから、早く起き上がってくれ。周りの目が気になるから・・・」 俺の言葉で自分たちの置かれている状況に気がついたのか、急に驚いて飛び上がった。 「あ!!・・・・・ご、ごめんなさい」 「いや、こっちこそ悪かったな」 むしろ、ありがとうと言いたいくらいである。おかげで眠気が覚めたしな。 「急いでいたんだ。寝坊してな・・・ケータイ忘れてくるくらい寝ぼけてた」 俺のことを心配してくれたのか、 「そうなんですか・・・・大変だったんですね」 と気遣ってくれた。やはり、昨日来た一年生の中では一番優秀なのかもしれない。 「それで・・・今何時か分かるか? ケータイも腕時計も無くて分からないんだよ」 そう俺に言われて、左腕につけた腕時計をちらっと見た。 小さめの、かわいらしいアナログ時計だ。 「えっと・・・八時十七分です」 遅刻三分前だ。生活指導の教師が玄関で睨みを効かせてるころだろう。 この坂道だ。全速力でもどうなるか・・・・分かったものではない。 っと、不安がるばかりの俺の思考を、その女子の言葉が遮った。 「走りましょう、先輩!!」 久しぶりに「キョン」以外の名称で呼ばれたような気がするが。 「あ、あぁ」 日差しを跳ね返すアスファルト。くぼみにできた水溜り。 木々に芽生えた若葉。それにとまる虫たち。 まさしく春の風景というべき様子の坂道を駆ける。 ・・・初々しい後輩と共に。 「はぁ・・はぁ・・・」 「何とか間にあったな・・・ぎりぎりだ」 「そうですね、先輩・・・あ、先輩の名前って何でしたっけ」 「ん、名前か?」 「はい。先輩の名前って何ですか?」 ・・・ついに来た。俺の名前を出せる瞬間が!! 皆様、発表しよう。俺の、俺の本名は・・・!! 「・・・あ!! 思い出した!! たしか、「キョン」でしたっけ?」 少し遅かったようだ。 「え、いや、それはあだ名で・・本名はだな、」 「いいえ。団長さんが「キョン」って呼んでいるんですから、見習わないと」 そんなとこ見習わないでくれよ。 「じゃあ、また会いましょうね、キョンさん」 「あぁ・・・またな」 俺の名前を出せる日はいつになるのやら。 ・・・って待て。あいつの名前を俺は聞いていないじゃないか。 「おーい、後輩」 「何ですか? キョンさん」 「お前の名前、まだ聞いてなかっただろ」 「あたしですか? あたしは、[わたぁし]です」 [わたぁし]・・・以前かかってきた電話の主が名乗っていたかな。 「この前の電話はお前か」 「えぇ。 近くに住んでいる先輩に番号を聞いたんです」 誰だ。他人の電話番号を知らない奴に教えるなんて・・・。 個人情報保護法ってのがあるのによ。 「秘密です。言わないようにって言われたので」 ますます気になるが・・・。 「それよりも、ちゃんと名を名乗ってくれ。[わたぁし]じゃわけが分からん」 「あ・・・やっぱり説明しなきゃだめですか」 「説明って、どういう意味だ?」 「[わたぁし]って言うのには理由があるんですよ。えっと・・・生徒手帳どこにしまったっけ・・・あ、あった」 生徒手帳を出した後輩は、顔写真の貼ってある方を俺の目の前に出した。 そこに書いてあった文字を見る。 「渡 舞衣。普通なら[わたり まい]って読むんですけど」 「[わたし まい]って読むわけか」 それで一人称を「あたし」にしないとややこしいわけだ。 [わたぁし]と強調するのは「わたし」と区別するため、か。 お互い、変な名前なんだな・・・ホントに。 「そういうことです。それじゃ!!」 そう言って、一目散に駆け出していった。 元気があって初々しい。一年生の鑑だ。 ・・・さて、俺もそろそろ教室に向かわなくてはいけないな。 チャイムが鳴ってしまう前に。 谷口や国木田、そして我がSOS団の長。 涼宮ハルヒの居る教室に。